[柔术爱好者文章迁移] 箱詰倶楽部

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入会

箱詰倶楽部と聞いて、一般の人は「収納術の講座?」だとか「引越しのコツを教えてくれるの?」とか思うのかもしれない。

けど、私にとって箱詰めといえばまず連想することがあり、まさかそれじゃないと頭では考えつつも、一縷の希望を抱いてそのサイトを開いてみるしか選択肢がなかった。

その瞬間、私の人生は百八十度変わってしまった。

体験コースという非常に割安なコースが存在して、大学生の身分でお金に余裕のなかった私はまずそのコースに申し込んだ。本当は最初からもっと別のコースにしたかった思いもあったけど、お金の問題はもちろん、実際にどういう感じなのか慎重に計りたかったという意図もあった。なにせいまから私がやろうと思っている行為は、普通なら絶対にやらないような行為で、その危険度は死に直結するレベルだからだ。慎重になってなりすぎるということはないだろう。

倶楽部は建物からして白い正方形の箱のようなところで、想像以上にこじんまりとしていた。おそらくは中で行われていることに関する演出なのだろうけど、手がこんでいる。

まず自動ドアをくぐって中に入ると、そこはごく普通の会社のエントランスになっていた。カウンターの向こうで何やら書類を整えていたお姉さんが私の方を見てにっこりと微笑む。

「いらっしゃいませ。ご予約の方ですね」

「え、あ、はい」

普通なら確認するのだろうけど、お姉さんは断定口調だった。利用する人が多いとは思えないし、今日の予約は私一人なのかもしれない。どうやって経営を支えているのか知らないけど、考えてみれば不思議な話だ。

「『箱詰倶楽部』へようこそお越しくださいました。会場は二階の『体験コーナー』となっております。エレベーターで二階へお上がりください。係りの者が案内いたします」

私は受け付けのお姉さんにお礼を言ってエレベーターに向かう。

エレベーターを待っている間に、外から男の人が入ってきた。思わず横目で伺ってしまう。

男の人は私の方には目線を向けず、受け付けのお姉さんに声をかけた。

「預けてた箱を受け取りたいんだけど」

「承知しております。少々お待ちくださいませ」

お姉さんがそう答えてカウンターの中から出てくる。その手には大きなスーツケースがあった。

「どうぞ。メンテナンスは無事終了したしました。安全装置は三日後にセットしておりますのでそれまでにはお戻しください」

「ああ、わかってるよ。無理はさせたくないしな」

男の人は嬉しそうに言ってそのまま去って行った。

私はやってきたエレベーターに乗って二階へと向かう。その途中で、もしやあのスーツケースの中には誰かが入っていたのではないかということに遅ればせながら気づく。

(そういえば……長時間コースっていうのがあったような)

そうだとすれば、少なくともこれから三日間はあの中にいた人はあのまま閉じ込められているということになる。

いままで想像上の行為でしかなかったことが、ここでは当たり前に行われている。

私は体の芯が熱くなるのを感じた。

そしてエレベーターが二階に着いて、扉が静かに開いていく。

二階も見た目は普通の会社っぽかった。

エレベーターを降りてすぐのところに電話機と案内が置かれているテーブルがある。近づいて案内を読んでみると、だいたいこんな感じのことが書かれていた。

『ご希望のコースに合う呼び出し番号でダイヤルください。もし希望するコースがなければ、「000」でおかけください』

コースはいくつかあった。例えば『オーソドックス箱詰めコース』、『水槽コース』、『砂箱コース』、『圧縮袋コース』、『完全拘束コース』、『人形コース』、『物品コース』などだ。

正直目が眩む勢いだった。『完全拘束コース』はまだ想像できなくもないけど、人形だの物品だのわけのわからないコースがある。どんな風にされてしまうのかすら想像つかない。

いつかはそれを経験してみてもいいかもしれないけど、いまはさすがにそれをダイヤルしてみる勇気は出なかった。

大人しく、『オーソドックス箱詰めコース』の番号を選んでダイヤルする。

電話に誰か出るのかと思いきや、電話はただの呼び鈴替わりだったみたいで、すぐに一つのドアが開いてそこから女の人が顔を覗かせる。

「いらっしゃいませー。こちらにどうぞー」

まるで病院で看護師さんに呼ばれているみたいだなと思いつつ、私は少し早足で向かった。

お姉さんは私より数歳年上だろうか。非常に若く見えた。浮かべている天真爛漫な笑顔が、よりお姉さんを若く見せているのかもしれない。

「どーもこんにちは! あたしはオーソドックス箱詰め担当の間木和カナコと申します! 体験コース希望の大見零羽さんで間違いなかったですか?」

かなりフレンドリーな人だと感じた。口調はまだしもテンションの高さがかなり砕けている。少なくとも普通の初対面の相手に対する口調ではない。

カナコさんは私がかろうじて頷いたのを見ると、さっそく私を部屋の中に誘い入れながら話を続ける。

「この倶楽部は希望者を箱とか袋とかそういう限定された狭い空間に閉じ込めてしまうことを目的としている、いわゆる性的倒錯者のために用意された施設です。何かの間違いで申し込んじゃった!ってことはないですよねー? あ、あとおふざけとか罰ゲームとかそういう理由でもないですよね。あくまで本人の希望であるということを確認させてください」

一歩間違えば犯罪行為になることから、慎重になる気持ちは理解できた。

私は声こそ出せなかったけど、その代わりに深くはっきりと頷いた。

カナコさんは非常に満足そうに微笑む。

「オッケーです。それじゃあ、さっそくですがどんな形で体験期間中拘束されるか相談して決めていきましょう」

カナコさんはどこまでも楽しそうだった。

「まずは、どれくらいの経験があるかってところから確認していきましょう」

思ったよりもまじめに、というと失礼かもしれないけど、当初の印象よりも真面目に進めてくれるみたいだった。

「こういうことをしたことはありますか?」

「えっと……こういうこと、に当たるかどうかは微妙なんですけど、クローゼットの中とかに無性に入りたくなって、入ったことはあります。あと、人間大の衣装ケースの中に入ってみたり、とか……」

「ふんふん、なるほどなるほど……じゃあ、そういう状態で、オナニーをしたことは?」

ストレートな質問だった。私は少しだけ逡巡して、素直に答える。

「えっと……ない、です。すぐ出ちゃいました」

「ふむふむ……そういう作品に触れたことは? プロアマ問わずに」

「そういう意味なら……よく、ネットであるものを……」

「なるほどねぇ。リアルでやるのは本当に初めてに近いわけですね」

「そう……なりますね」

そんなことではダメだったのだろうか、私は少し不安になる。もし帰れと言われたらどうしよう。

悪い想像が頭をよぎったけど、幸いそんなことはなかった。

「了解、じゃあ最初は軽いところから始めた方が良さそうね。箱と袋、どっちの方がっ興奮します?」

「そう、言われても……」

正直、想像できない。

その後、色々と質問をされたり、確認を経てりして、最終的に今回はオーソドックスに箱詰めにされることが決まった。最初だし体験コースということでもっとも安全でフラットな手法を選んだということだった。

「箱にも色々あるんですけど、今回は段ボール箱を使いますね」

一番サイズが用意しやすく、また密閉生の観点から行っても安全度が高いらしい。

体のサイズをおおまかに計られたのち、お姉さんが持ってきた段ボール箱は私がそうぞうしていたよりずっと小さかった。

「そ、それですか?」

「ええ。そうですよ。お客様のサイズと柔軟性だと、これくらいがほどよい感じを味わえると思います」

本当だろうか。私は明らかに小さそうな箱に尻込みしてしまった。

だけど、お姉さんは容赦なく話を先に進める。

「最初は着衣のままでもいいと思いますが……できれば全裸で入った方が気持ちいいと思いますよ。恥ずかしいのであれば、バスタオルを巻いて、ある程度詰められたところで外すということも可能ですが」

この質問には結構悩んだ。けれど結局、最初から全裸で入ることを選択する。

もとよりそういう目的で来ているということもあるし、なにより今後もここを利用するならそれに慣れていた方がいいからだ。スタッフの人が男性ならもっと悩んだだろうけど、ここでは女性のスタッフしかいないみたいだし。

そう思って私は思い切って服を脱ぎ始めた。

スタッフのお姉さんはきっちりと服を着込んでいるのに、裸になるのは勇気が言ったけど、一度脱いでしまえばそこまで気にならない。

むしろ裸に近づくにつれ、いままでは想像の中にしかなかった箱詰めプレイが現実のものになろうとしていることを感じて、そっちの意味でぞくぞくした。

「服はこちらのカゴに入れておきますね」

部屋の隅にあったカゴに着ていた服が収められる。

さあ、いよいよ部屋には裸の私と、私の大きさに合わせた段ボール箱だけになる。

お姉さんが、立ち尽くす私をいざなう。

「さあ、こちらにどうぞ。箱の中に閉じ込めて差し上げます」

私はふらつく足取りで、段ボール箱に近づいた。

がらんどうな箱の中は、まるで私を誘っているかのようにその蓋を開いていた。

思わずごくりと生唾を飲み込むと、その緊張が伝わったのか、お姉さんが苦笑を浮かべる。

「大丈夫ですよ。今回はあくまでお試しですから、テープでとめたりしませんから」

安心させようとして言ってくれたのだろうけど、改めてそう口に出されるとそうされる可能性に気づいてどきっとしてしまった。

(そうだ……閉じこめられることもある……というか、むしろ本来ならそうするんだよね)

急に心臓が激しく鳴り始めた。目の前がくらくらする。

「さあ、焦らなくていいから、まずは箱の中に立ってみてください?」

優しくお姉さんに促されて、私はゆっくり箱の中に足を踏み入れる。段ボール箱の感触が足の裏に感じられて、奇妙な感覚だった。

「ゆっくり腰を下ろして。お尻を箱の隅に合わせるようにして……」

いわれるまま、私は腰を降ろしていった。私の体が箱のなかにすっぽり収まっていく。

「そのまま、体を横に倒してください。背中を丸めて……」

少し窮屈に感じながらも、サイズを合わせているというのは本当らしく、綺麗に収まったように思えた。

「うん、ばっちりですね。手は顔の前で組むとちょうどいいですよ」

「は、はい……」

小さく、小さく。それを意識して体を縮める。

私は体の四方が段ボール箱の壁で覆われているのを改めて感じて、その狭い状況にむしろ興奮していた。

「はい、オッケーです。ひとまず一時間ほど落ち着くまでおきますね」

そう言うと、お姉さんは段ボール箱の蓋を閉めた。閉じこめられる、と感じてびくりとした。お姉さんは私を安心させようとしたのか、優しい声が外から降ってくる。

「大丈夫。蓋は閉じてるだけですよ。出ようと思えばすぐ出れるから大丈夫。閉じこめられる感覚だけ味わってみてください」

今後、その感覚を楽しめるかどうかも、これでわかりますよ。

そういって、お姉さんはきっちりと段ボール箱の蓋を閉めてしまった。暗くはなったけど、きっちり閉められているわけじゃないから、完全な暗闇というわけじゃなかった。

けれども閉じこめられているという実感には十分すぎるくらいの密閉具合で、自分の呼吸音と大きな心臓のだけが耳に聞こえてきた。

こうして私は生まれて初めて『箱詰め』にされたのだ。

仕事

箱詰倶楽部の朝は早い。

箱詰倶楽部の受付嬢、真藤馬しずなは朝五時には出社する。彼女が住んでいるマンションは会社から歩いて数分の距離にあり、通勤という意味で苦労したことはなかったが。

元々早寝早起きが染みついている彼女にとって、この仕事は天職のように感じていた。なにせ、仕事の内容に比して、給料は破格だからだ。

ほとんどの場合、彼女は受け付けのところで待機しているだけで、客の対応だけをすればそれでよいことになっている。仕事という意味で長時間拘束されはするが、暇な時は比較的自由にしていていいというのも魅力だった。

箱詰倶楽部という仕組み自体は、彼女にとって少々理解しがたい感性の話であったが、仕事としてそれに関わるのに問題が生じるほどの嫌悪感はない。それも含めて、彼女にとってこの仕事が自分に向いているという認識だった。

もし、彼女が客や従業員の感性を理解できていたら、きっと彼女もそうなっていただろうから。

出社したしずなが最初にすることは、社長室に向かうことだった。ただし単に挨拶に向かう訳ではない。社長室の前についたしずなは、無駄と知りつつ社長室のドアをノックする。

「おはようございます、真藤馬です。失礼します」

鍵のかかっていない社長室のドアを開ける。センスのいい調度品が程良く配置され、来客対応用のソファと椅子のセットが入口の脇にある。部屋の奥には、そこに誰かが座っていればまず目が合うであろう形で机と椅子が置かれていた。本来ならそこに社長が座っていて、彼女の挨拶に応えただろう。

しかし、その椅子には誰も座っていなかった。社長室は無人で、人の気配はなかった。

だが、しずなは社長の机に歩みよる。その机の上には、大きなスーツケースらしきものが置かれていた。

そのスーツケースらしきものは、スーツケースそのものではなかった。まず取っ手がない。移動するためのキャスターもない。あるのは厳重なダイヤルロックだけで、実質的にスーツケースの役割はほとんど果たさないに違いなかった。スーツケースの箱の部分だけ、というのが正しい表現だろう。

しずなはこっそり溜息を吐きながら、そのスーツケースらしきもののダイヤルに手をかける。彼女しか知らされていない暗証番号に合わせて、ロックを外す。

そのケースはスイッチ1つで開閉するように出来ていた。しずながスイッチを押すと、空気の抜ける「プシュー」という音が響き、自動的に蓋が開いて行く。

中に収まっていたのは、一人の全裸の女性だった。

かなり大きなスーツケースとはいえ、人間が収まるにしては小さいそれの中に、その女性は詰まっていた。

身体を出来る限り丸めて、少しでも小さくなろうとしている努力が窺える。ただし、それでも彼女は四方からの圧迫感に圧されて、四角くなっていた。

彼女の白い肌はじっとりと汗ばみ、目を閉じたまま官能的な吐息を繰り返している。

そんな煽情的ながらも見慣れた光景を前に、しずなはもう一度溜息を吐き、女性に声をかけた。

「社長。起きてください。朝ですよ」

その声に、スーツケースに詰まっていた女性が反応する。

「ん……」

微かにうめき声を上げ、その瞼が動く。

茫洋とした視線がどこを見るともなく泳いでいた。しずなはそれを見て、再度声をかける。

「社長」

社長と呼ばれた裸の女性の視線が、しずなの方を向く。

「あー……しずなちゃん、おはよう……」

「おはようございます」

しずなはそう言いながら、社長がスーツケースの中から出るのを補助する。

社長は汗で蒸れた髪の毛をかきあげながら、机の上に這うように出て来て、机に腰掛けて一息ついた。小さく折り曲げていた足をぶらぶらと垂らし、解放された喜びに浸っている。

当然ながら全裸で箱に詰まっていた社長はいまも全裸であり、その豊満な乳房も、秘部も丸見えであったが、特に恥ずかしがる様子はない。しずなも慣れているので、特に反応しなかった。

「シャワーを浴びて来て下さい。いつものことですが、すごい汗ですよ」

しずなは甲斐甲斐しくタオルで社長の足を拭いてあげていた。こそばかったのか、社長はくすくすと笑う。

「ありがとう、しずなちゃん」

「仕事ですから」

淡泊に応え、しずなは社長をシャワー室へと追いやる。

二十歳をとうに過ぎたしずなより数年は年上のはずの社長だったが、その容姿だけみればしずなと同年代か、それ以下に見える。

本人いわく、「箱詰めが若さの秘訣よ」とのことだが、もちろんしずなは冗談として受け取っている。

社長は部屋を出る直前、机を拭いているしずなの方を見て社長らしく指示を出した。

「そうそう、昨日の夜に新しい入会希望者が三人ほどメール送って来てたから、対応しておいて。うち一人は冷やかしみたいだから適当にあしらって頂戴」

「わかりました」

箱詰めに異常なほど執着しているという点を除けば、箱詰倶楽部の社長はとても優秀な人物だった。メールの文面から相手が本気なのかそうでないのかの見極めくらいは容易くしてみせる。

社長が出て行ったあと、しずなは社長の指示通り、部屋の隅に置かれたパソコンを使ってメールの対応を始める。

この性癖を理解出来ない彼女からしてみれば、いまだに新規入会希望者があとを断たないというのは不思議な話ではあったが、企業側の一人として、喜ばしいことだと考えていた。

しばらくしてシャワー室から戻って来た社長は、白いバスローブ姿で、濡らした髪をバスタオルで無造作に拭いていた。普通、髪はもっと気を使って整えるべきものだが、社長にとってはそうではないらしく、とにかく乾けばいいとでも思っているようだ。

椅子に座った社長は、黙々とパソコンを操作しているしずなに声をかける。

「今日もいつも通りよろしくね」

「はい、社長」

「確か今日は入会希望者が一人やってくる日だったわね。ふふ、友達が増えて良かったわ」

社長は箱詰倶楽部の会員のことを「友達」と呼ぶ。

普通は理解されにくいであろう性癖の賛同者という意味で、社長が身近に思う気持ちは、しずなにもわからなくはない。

とは言え、客を実際に「友達」と呼ぶことに対しては、しずなには社長の感性がわからなくなるのだが。

「しずなちゃん、意地悪しちゃだめよ?」

「いままでそういった行動をした覚えはありませんが」

「わかってるわ。信頼してるわよ、しずなちゃん」

起業人にしては相応しくない言動を、この社長は平然と口にする。その度、しずなはなんとも言えない気分になるのだが、いまさらそれは気にしても仕方のないことだ。

しずなは壁にかけられた時計を見て、時間を確認する。

「そろそろ私は下に行きますね。三通のメールには対応しておきました」

「ありがとー。しずなちゃんの今日のお仕事は、昼からの入会希望者の対応と……ああ、アキラくんがルカさんを迎えにくると思うから、それもよろしくね」

「はい、大丈夫です。把握しております」

「新しい機能を搭載したんだけど、楽しんでくれるかしらねぇ……」

不安そうに呟く社長に対し、しずなは冷静な言葉を返した。

「向こうからの要求でしょう? なら、問題ないのではありませんか?」

「それはそうなんだけど、ちゃんとその要求に沿った仕上がりに出来てるかしらと思っちゃってね……」

「大丈夫だと思いますよ。うちの技術班は優秀ですから」

そうしずなは応えた。実際、彼女の目から見ても箱詰倶楽部の技術班は非常に優秀な人材が揃っている。

その情熱が違うところに向いていれば偉業を成し遂げそうな気もしたが、情熱を向ける方向は人によるものだ。だから、そんなことまでは言わない。

しずなは社長室を辞し、受付に向かって移動し始める。そんな彼女の背後から、声がかかった。

「真藤馬、おはよう!」

しずなが降り返ると、そこに妖艶な美女がいた。

「技技名さん、おはようございます」

技技名はいましがた話題に出たばかりの、技術班の責任者だ。

彼女は箱詰倶楽部に関わっている者の中で最も大柄だった。いわゆる外国人的な魅力を持った体つきといえる。

そんな技技名が、しずなへと歩みよって来る。しずなも女性にしては高身長な方だが、技技名と比べると一般的な女性の大きさにしか見えない。

彼女にそんなつもりはないのだろうが、大柄な彼女が近づいてくると、大抵の女性は威圧感に気圧されてしまう。

しかし、しずなは特に後ずさることもなく、その場で技技名が近づいてくるのを待った。

「真藤馬は相変わらずクールだね! もっと笑顔でいようよ!」

大抵の女性は技技名が近づくと委縮するため、しずなのように無反応な女性は技技名にとってお気に入りだった。

技技名の輝くばかりお笑顔に対し、しずなはあくまでもクールに接する。

「お客様に対しては、営業スマイルをちゃんとしていますよ」

「固いよ! 営業スマイルじゃダメダメ! ほら、こうニッと笑ってごらん? 可愛いから!」

しずなは技技名の笑顔を見ながら、相変わらずの様子に閉口していた。一社会人として、この箱詰倶楽部の特殊性には呆れるばかりなのである。

これは二人が顔を合わせると、恒例のやり取りなため、技技名もしずなが笑顔を浮かべなくても気分を害したりはしない。

「そんな真藤馬にぜひ試して欲しい新器具があるんだ!」

「それは社長に持って行ってください」

「まあまあ、話だけでも聞いてよ! ……じゃーん!」

言いながら彼女がポケットから取り出したのは、バイブほどの大きさで、形状はただの楕円形のようなものだった。ウミウシの形状が近いかもしれない。

目の前にそれを突き付けられたしずなは、それをどう使うのかだけはすぐにわかって、渋面を作る。

「……それは?」

「うん、自立型バイブさ! こいつは長さをある程度調節することが出来てね? 装着者の膣道を隙間なく埋めることが出来るんだ!」

「……はぁ」

「よく、会員の人からあそこに突っ込んだバイブの先端が箱詰めの時に邪魔になるって話を聞いてたからさ。これを使えば、体内に全部収納できるってわけ!」

「……はぁ」

「もちろんバイブにもなるから、長い箱詰め時のアクセントにも使えるよ!」

「……はぁ。電池は切れないんですか?」

「心配ご無用! 電池を入れかえあり、ケーブルを繋ぐ必要はないんだ。専用の台の上に座ってれば、入れたままでも勝手に充電されるから!」

「万が一トラブルが起きたら?」

「ちょっと大変だけど、入れたままで分解出来るようになってるんだ! さすがにこればかりは会員が自分ですることは出来ないけど、技術班に任せてくれれば、装着者には傷一つつけないで解体が可能さ!」

「……そうですか。いいんじゃないですか?」

「だろう!? でも、まだ自分でしか実験してなくてさ。ぜひ真藤馬にも……」

「それは社長と相談してください。その結果、いけそうなのであれば、WEB会員ページなどに新しいオプションとして載せますから教えてください」

さらりと流され、技技名は肩をすくめた。

「真藤馬はクールだねえ……」

「別に、普通ですよ。それでは失礼します」

社長室に入る技技名をそこに残し、しずなは自分の仕事場へと向かった。

しずなが受付についたのは朝六時だったが、その頃から従業員たちが早速出社してきた。

「おはようございまーす、真藤馬さん」

「おはようございます」

「おはよー……ふぁああ……」

「おはようございます。だらしないですよ」

「おはようございます! 今日も綺麗ですね!」

「おはようございます。ありがとうございます」

箱詰倶楽部に務めているのは、ほとんどが女性である。男性もいないわけではないが、運搬などの裏方に回ることが多く、裏口が駐車場になっているため、正面から入ってくる男性職員は少ない。

「どうも。おはようございます」

「おはようございます。牧上さん」

その数少ない例外の一人が、緊縛師の牧上だった。すでに初老の年齢に達している彼だが、その落ち付いた物腰と冷静な縄使いによって、倶楽部内にファンが多い。

しずなとしても、変わり者が多い倶楽部の中で、指折りの常識人であるため、その対応も幾分丁寧なものになる。

牧上はエレベーターを使い、自分の部屋へと上がって行った。

基本的に男性職員が正面の入口を使わないのは、女性会員がここに入りやすくするためのイメージづくりの一環だ。この倶楽部には単独で申し込んでくる女性の比率が多く、警戒されないようにしたいというのが社長の意思だった。

それは成功しているのかしないのか、しずなにはよくわからないが、そういう気配りを目指すのが箱詰倶楽部だった。

一通り出勤が落ち着くと、しずなは受付の中にあるパソコンを操作してデータを呼び出す。

今日来る予定の新規会員についての情報が、パソコンの画面に表示された。可愛らしい、女性の顔写真が右上に表示されている。それを見ながら、しずなは少し物思いにふける。

(大見零羽……様、か。こんなに可愛い子が、ねぇ……世の中、わからないものだわ)

『体験コース』の担当にデータを飛ばし、同時にその時間たちに男性職員が正面の入口に来ないよう、通達を出す。

預けられたスーツケースを受け渡すための処理も行えば、大半の仕事は終わったも同然だった。

(さて……今日は……と。データの整理でもしようかしら)

自由にしていいと社長直々に許可は受けているものの、就業時間は働くと決めているしずなは、箱詰倶楽部のための仕事に取り掛かる。色々なところからデータを収集し、新規会員を獲得するためにどこで宣伝を打つかを見極めて行く。彼女は受付としてあり余った時間を有効活用し、倶楽部の拡充に一役買っているのだった。

そうしていつも通りの仕事をこなしているうちに、その入会希望者はやって来た。

打ち出した書類をわかりやすくまとめていたしずなは、にっこりと笑ってその入会希望者を出迎える。

「いらっしゃいませ。ご予約の方ですね。『箱詰倶楽部』へようこそお越しくださいました」

そして今日もまた、箱詰めにされに会員がやってくる。

試験

千城野チカ。それが私の名前だ。

昔からちーちゃんだの、ちぃちゃんだの、ちびちゃんだの言われ続けたせいか、私の身長は18歳を超えた今になっても140センチに届いていない。口さがない大学の友人には「合法ロリ」と言われたこともある。

別に子供体型ではないつもりだし、胸とて人並みにはある。けど、やっぱり周りからは子供にしか見えないせいで、自動車免許すら取れない。法律的には取れるけど、強いて必要でなかったということと、いちいち確認されたりすることがめんどくさそうだったから、結局取っていないというわけ。

この体に苦労した覚えはあっても、これまで有利に働いたことなんてなかった。

そんな私は、いまは『箱詰倶楽部』という場所でこの小さな体を生かし、新箱詰プレイのモニターとして働いている。

いつもの週末、私は箱詰倶楽部の建物に行き、最上階の社長室に通されていた。

そこでは一企業の社長とは思えない軽い態度で、社長さんが私を歓迎してくれた。

「やっほー、ちぃちゃん。今日も元気にちっちゃいわねー」

とんでもなく失礼なことをさらっという人だけど、別にそれが嫌に感じなかった。この人はいつもこうだし、この倶楽部においては、『小さい』というのは最大の褒め言葉だからだ。以前、この倶楽部における最高身長を誇る技術部主任の技技名さんには本気で「羨ましい」と言われたし。

だから私は特に気にすることなく、社長さんに挨拶して、薦められた席に座る。

「今回のテストはどんな内容になるんですか?」

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました! これを見て!」

社長さんが楽しそうに机の上に広げたのは、今回のモニターの内容を書いた計画書だった。

その内容に目を通し、私は思わず社長さんに聞いていた。

「あ、あの……正気、なんですか?」

「うん! もちろん本気だよ!」

その答えが返ってくるのはわかりきっていたことなんだけど、冗談だと言ってほしかった。

「ちぃちゃんが無理って言うなら、別の誰かに頼むことになると思うんだけど……」

私はため息を吐きながら、平静を装って答える。

「もちろん、やります。じゃないと生活できないですし……」

元は客として箱詰倶楽部にやってきていた私だけど、いつしか箱詰倶楽部が天職であることに気づいて、すっかりこっちに生活の主体を置いてしまっている。モニターすることでお金を得ているのだから、断るなんて選択肢あるわけがないのだ。

社長さんにまんまとはめられたような気はする。もともと私が箱詰倶楽部のことを知ったのだって、あまりにも作為的といえば作為的だった。最初から新拘束プレイのモニターをさせるために引き込んだのではないかと思うくらい、この社長さんの言動は怪しかった。

そんな風に思い、うろんげに社長さんを見つめながらも、私はモニターで得られる快感への期待であそこが湿り気を帯びるのを感じていた。

社長に連れられて向かった先は、技技名さんの待つ特殊技術研究開発室だった。

そこでは、いつものように技技名さんがなにやらよくわからない機械を前にして、細かな操作をしているところだった。私たちがやってきたことに気づくと、楽しげな笑顔を浮かべて近づいてくる。大股で歩いてくるせいで、いっきにその大柄な体躯がさらに巨大化したようにさえ感じる。

「やあ! 社長にチカじゃないか! 今日も小さくて何よりだね!」

技技名さんは私から見ると巨人なので、目の前に立たれると首が痛くなる。

「どうも……。っ、わ、わっ!?」

いきなり脇の下に手を入れられて、高く持ち上げられた。技技名さんにとってはいつもと変わらない高さでも、私にとっては台に乗ってようやくという感じの高さだ。

「おーっ。相変わらず小さくて軽くて可愛いね! さすがチカ!」

なにがさすがなんだろうか。

私はつい、技技名さんを睨んでしまった。

「……技技名さん、おろしてください」

「ああ、ごめんごめん」

幸い、技技名さんはすぐに私を下に降ろしてくれた。まったく、大柄な体に似合ってというかなんというか、豪快なんだから。降ろされた後、頭を無造作にぐしゃぐしゃと撫でられて、私はその技技名さんの手を掴んで止める。

「……やめてください。髪の毛が乱れます」

「ああ、ごめんごめん!」

返事はいいんだけど、まったくやめようとする気配がない。

そんな私と技技名さんのやりとりを楽しげに眺めていた社長が、私たちに向けていう。

「申し訳ないけど、さっそくはじめてもらってもいいかしら?」

社長の指示に、技技名さんが頷く。

「オーケー。任せといてよ! じゃあチカ。準備をお願いしていいかな?」

「わかりました。……準備はいつもと同じでいいですか?」

「うん! 今日は特に特別なものは……あ! ちょっと待って!」

技技名さんはそういうと、机の引き出しの中から小物を取り出してきた。

それはちょうどバイブのような大きさのものだった。まあ、たぶんこれまでの経験上、新しいバイブなんだろうけど。

「これ……バイブ、なんですか?」

「うん! そうだよ!」

あっけらかんとした物言いはこの倶楽部独特の雰囲気の一つなんだけど、それにしても、もう少し慎みがあってもいいんじゃないかと思う。

技技名さんはそのバイブを私に見せつけながら得意げに言う。

「それもただのバイブじゃないんだから! 自立型で長さをある程度自分で調節するんだ。装着したらその人に合わせて変化するようになってるから、微調整の必要もないんだよ! 詳しい説明は省くけど、電池切れの心配もいらないよ!」

「へえ……」

「箱詰めプレイのアクセントとして用意したものなんだけど、今回の試験でも使えるからね! というわけでこれも使って!」

新型バイブと一緒にローションの瓶を手渡される。つまり、これをあそこに入れろということだろう。

「……わかりました」

テスターとしてはこの人の指示には従うしかない。人の前で裸になるだけでも恥ずかしいのに、こんなのを入れろって、なんともひどい話だとは思うけど……仕方ない。

私はいったんバイブとローションを机の上において、ニコニコと笑顔で私を見ている社長と技技名さんの前で、服を脱ぎ始めた。

元々、裸にならないといけないことはわかっていたから、脱ぎやすい服装を選んでいた。だから、そんなに時間もかかることなく、裸になることができた。机の上に置いていたバイブとローションの瓶を手に取る。

そして、私は自分をじっと見つめている社長と技技名さんを見た。この部屋には二人以外にも人がいるが、その人たちは私に気を使ってくれているのか、それぞれの準備に集中していてこちらを見ていない。堂々と私を見つめているのは社長と技技名さんの二人だけだ。

「……あの、できれば横を向いていてもらえると嬉しいんですけど」

せめてもの抵抗。それが無駄なのはよくわかっていた。

「技術班主任としては、挿入するところから見せてもらわないとね!」

「見せてちょうだい。これは、社長命令よ♪」

二人とも私が断れない言葉で私にそれを迫ってくる。いや、わかってたんだけど、わかってたんだけど……。

いくらもう何度も似たようなことはあったとはいえ、慣れるようなものでもなく、私は血が顔に集まるのを感じながら、ローションの瓶の蓋を回して開けた。その中からローションを手の平にたらし、その上にバイブを乗せてローションをまぶしていく。

「……これ、上下とかありますか?」

気恥ずかしさを誤魔化すために、技技名さんに確認してみると、技技名さんは首を横に振った。

「大丈夫だよ! どっちから入れてもちゃんと動くようになっているから!」

技技名さんはさらっというけど、それって結構すごいことなんじゃないだろうか。さすが箱詰め倶楽部随一の天才といわれる人なだけはある。しかし、この倶楽部には無駄な天才が多すぎるなぁ。

私は注目されていることを意識しながら、そのバイブを自分のそこに近づけていった。それを挿入する関係上、どうしても足を開き気味にしなければならず、余計に恥ずかしいことになっていた。バイブとあそこがぴたりと合って、その器具とローションの冷たさに体が震える。

「……ぅ」

ローションのおかげで、それはずぶり、と私の中に入ってきた。ある程度入れていくと、急にそのバイブそのものが動き出して、勝手に私の中に潜り込んでくる。思わず抜こうとした私の指をすり抜けて、それは私の中へと入って見えなくなった。

「ひゃっ……! こ、これ、抜けるんですよね?」

「もちろんさ! 心配しなくて大丈夫! いざとなれば分解して取り出すこともできるからね!」

継ぎ目なんてほとんどなかったように見えたけど、本当なんだろうか。まあ、技技名さんを信用するしかない。

私の中にバイブが潜り込み、程よい大きさに体の中で変形しているのが感覚でわかる。

「……ふぁ……っ。あっ……」

「ふむふむ。なかなかいいね! 思った通りの動作だ」

「ねえ、技技名。今度あたし用にもそれ作っておいてくれる?」

社長がそんなことを技技名さんに頼んでいる間に、準備を手伝ってくれる従業員の人たちが、私を取り囲んで本格的な準備を始めていた。

「今回はかなり厳重な箱詰めになるからね。それ相応の準備をするよ」

技技名さんがそういって、周りの人たちに指示を出す。

長時間箱詰めにされるときには、いつもされることがある。それが、膀胱へのカテーテル挿入と、肛門への注入排出用プラグの挿入だ。

私は体を大の字に広げ、準備の邪魔をしないようにする。正直この格好をするのも恥ずかしいのだけど、この人たちは社長たちと違って事務的だからまだ救われる。

「カテーテルを挿入します」

パックにつながっているカテーテルが、私の尿道に入ってくる。管にそれなりの仕掛けがあって、激痛というほどではないにせよ、ピリピリとした痛みが走って顔が歪んでしまう。カテーテルが奥まで入ると、先端部分がかすかに膨らんでそう簡単には抜けなくなった。たまっていた分の尿が早速管を伝って流れだし、パックの中にたまっていく。自分ではどうしようもないこととはいえ、おもらししているような感覚に赤面してしまう。

次に肛門に冷たいプラグが押し込まれる。それは単一電池を大きくしたような形をしていて、円筒の中央部分がくぼんでいた。ちょうど括約筋にはめ込まれる形状という話は聞いたことがあるけど、詳しくはわからない。それが挿入されると、常に何かを排泄しているような感覚になって、非常に気持ち悪い。そのプラグは別の管を接続することによって、注入と排出ができるという優れものだ。

普段はこれだけのことが多いのだけど、今回はさらに鼻からチューブも入れるみたいだった。流動食を流し込むためのチューブで、胃まで直接管を通す。これを入れられるということは、相当過酷なことを長時間にわたって行うと言っているに等しい。実験の概要は教えられていたけど、改めてここまで準備が進むとすごいことが控えているのだという実感がわいてくる。

体の色んなところに管を挿入された私は、徐々に異常な状態に仕上っていっていた。体が勝手に熱を帯びて、呼吸が自然と荒くなる。じっとりと肌に汗をかき、少し頭がぼーっとしてくる。これから来るであろう究極の感覚に体の期待が高まっているのが嫌でもわかる。精神的にはそこまででもないはずなのに、体が勝手にそうなってしまうのだ。そんな風に開発されてしまっている。

そんな私の元に、黒のボディスーツが運ばれてきた。首から下を完全に覆うタイプの全身スーツだ。スーツといっても革のツナギのような堅いものじゃなくて、どちらかというとゴムのような収縮性に富んだこれまた特別性のものである。見た目的には全身タイツという方が近いかもしれない。

それを足から履いていく。背中の部分が大きく開くようになっていて、例えるならセミの脱皮を逆回しにしていくように着ていくようになっていた。

そのスーツには股間部分に穴が開いていて、そこから尿道と肛門に入っている管は外に出る。スーツは首回りまであって、ジッパーを上まで引き上げると、首まで完全にスーツに覆われる形になった。

着てすぐはまだかすかに余裕があるのだけど、スーツが体温になじむにしたがって、徐々に体全体が締め付けられていった。このスーツは着た人に合わせて若干サイズが変わる。それは私の体にぴったりフィットするということで、十分もすれば私の体は一部の隙もなくスーツと一体化していた。肌の上にもう一つ肌が出来たような、そんな感覚だった。技技名さん曰く、このスーツはとても優れた材質で出来ていて、効率よく発汗を促して汗を吸収し、垢などの老廃物を分解してくれる。

つまり、このスーツを着ているだけでシェイプアップが行われ、キレイになれるそうなのだ。社長はこのスーツを着て行う『箱詰めエクササイズ教室』の企画も視野に入れているとか……詳しいことは知らないけど。

頭以外のすべてがスーツに覆われた私のところに、今度はその唯一外に出ている頭まで覆うための道具が持ってこられた。

それは、顔の前面を覆うタイプの仮面だった。初めて使うタイプだ。

私の髪は水泳をする時のように小さくまとめられて、キャップの中に収納される。このキャップは頭部用のもので、髪が蒸れることを防いでくれるらしい。まあ、限度はあるらしいけど、このキャップを付けているときとそうでないときでは終わった後の感覚が全然違う。そういえば、一度実験に髪の毛が邪魔なら刈り上げた方がいいのか社長に聞いたことがあったけど、社長からはそこまでしなくていいと笑われてしまった。曰く、客が全員坊主頭でもないかぎり、テスターが坊主頭になるのは逆にダメなことらしい。言われてみればそうだ。

さておき、仮面は表面はのっぺりとしたものだったけど、内側は人の顔の形にくぼんでいた。たぶん私のそれに合わせているんだろう。流動食の管を通すと思われる穴や、空気を通すための仕組みもあった。

「今回は全身を強く圧迫することになるからね。眼球に負担がいかないようにするんだ」

技技名さんがそう説明してくれる。いずれにせよ、この仮面をかぶってしまえば、外の様子は見えなくなる。自分が何をされるのかもわからなくなるということだ。

それは信用とかそういう問題じゃなく、単純につまらないかもしれないなと思った。

そんな私の考えを読んだのか、技技名さんがにやりと笑って仮面の内側、目が接するであろう場所を示した。

「実は、この仮面の内側には若干の余裕が生まれるようになっていて……いや、試した方が早いかな」

技技名さんはそう言ってその仮面を私の顔にかぶせた。視界が真っ暗になる。すぐにそれは後頭部に回したベルトかなにかで固定された。技技名さんの言っていた若干の余裕がなんなのかわかった。ほとんど顔にぴったりくっつくようになっているのだけど、目のあたりに若干の余裕があって、何も見えないながら、まぶたを開けることができる。

その仮面の内側に、映像が映し出される。実験室の様子らしく、社長や技技名さん、他の人たちに、中央で立っている全身スーツを身に着けている人……というか、私がいた。

こんな小さな仮面の内側に画面を仕込むなんて、さすがは技技名さんというかなんというか。

「これなら退屈しなくて済むよね。まあ、さすがに距離が近すぎるから、準備している間くらいにしておかないといけないけど」

映像の中で、技技名さんが私の頭をその大きな手で撫でる。私の頭の感覚でもそれは伝わってきた。

「呼吸の問題はない?」

仮面は額から顎まで全部覆っているから、もう口を開いてしゃべることはできない。私は何度か呼吸をしてみて、ちゃんと呼吸できることを確かめる。

「大丈夫そうだね。じゃあ続きをやろうか」

そういって技技名さんが合図をすると、助手さんたちが私の頭をテープで巻き始めた。黒い特殊なテープでぐるぐる巻きに、一部の隙もなく覆われていくのが映像でも、体の感覚でもわかる。

やがて私は四つの管が垂れている黒い人形になっていた。肌色なんて一つも見えない。

「よし、これで下準備は終わりだね」

耳も覆われているから、技技名さんの声は少し遠くに聞こえた。

技技名さんのその言葉は、まだ実験は始まってすらいないということを示していた。

「持ち上げるよー」

私は技技名さんの腕に抱えあげられて、机の上に運ばれる。

映像が見えているおかげで、身構えられたのがよかった。変に恐怖しないでいいからだ。

私を机の上に置いた技技名さんは、満足そうに笑う。

「やっぱりチカはテスターとしては最高だね! 軽いし、ちっさいし、可愛いし」

最後は必要な要素なのだろうか。あんまりまっすぐ言われるので、きっと顔が見えていれば赤面していただろう。

社長も同意するように頷いていた。

「さて、じゃあチカ。横になっていつもの小さな姿勢をとってくれる?」

その技技名さんの指示に従い、私はいつも箱詰めにされるときの体勢を取った。いわゆる体育座りを基本とした可能な限り小さくなる姿勢だ。もともと超小柄な私がこの姿勢を取ると、本当にコンパクトになってしまう。

私の体から出ている管を、技技名さんは一つにまとめて私の体の下に向けていったん流す。それによってこれから管を通す箇所を一か所だけに絞ることができるということなのだろう。

小さく丸まっている私の体を、今度はラップのようなものでぐるぐる巻きにし始めた。ただでさえスーツ同士の摩擦で動きにくいところを、さらに上から覆われてますます動けなくなっていく。私は丸まったダンゴ虫並みに動けなくなっていた。

技技名さんが次に持ってきたのは、ゴムのような材質で出来た袋だった。口のところがきゅっと閉まるようになっているみたいだ。口を大きく広げて、頭の方からかぶせてくる。風船の中に入れられているみたいな感じだった。かなり大きさは考えて作ったのか、かなりぴちぴちになっている。管のところで口がしっかりと閉まっているのは、袋の中から空気を抜くためだったみたいだ。細めの管を用いた吸引器を使って、袋の中の空気が抜かれていく。

そうするとゴムのような袋が私の体にぴったりと密着して、私の全身に圧迫感を与えてくるようになる。もう何重にも覆われた私の体は、すっかり中に人間が入っているのか怪しく感じられる域になってきた。

机の上に、小さな箱が用意される。どれくらいの大きさかは正確なところはわからないけど、技技名さんが持つと普通の手提げ袋くらいの大きさに感じられる程度には小さいものだ。

その中に私は仰向けに収められる。股間のあたりから外に伸びている管の集まりは、ちょうどお尻が当たる面の箱にもそれを通す仕掛けがあって、そこから外に出せるようになっていた。

ほとんど余裕のない箱詰めだから、普通はこれ以上なにもできない。けれど、今回はそれにさらに加えられるものがあった。

技技名さんが私の位置を微調整して、わずかな箱の隙間に液体状の何かを注いでいく。どろどろしたそれは、蝋のようで、ゼリーのようで、コンクリートのような、不思議な液体だった。私の体がそれに浸され、徐々に埋まっていく。色は透明だから、完全に箱いっぱいに満たされてもまだ私の姿は見えていた。

水面張力いっぱいのところで、注入は終わり、その上から蓋が被さる。

側面の一面から管が伸びている小さな箱。その中に自分が入っているなんて、こうして実際に詰められている感触を全身で感じながらも、信じられないことだった。

注入された液体は蝋やコンクリートと同じで、時間が経てば固まるようにできていた。

だから、蓋が閉められて少しすれば、私は本当に微動だにできなくなっていた。どれほど力を込めても、筋肉がぴくりと動くだけで体の自由はまったくない。完全に覆われてしまったから、音もほとんどしない。かすかに伝わってくる振動を捕える体の感覚と、目の前に見えている映像がいまの私のすべてだった。

映像では、さらに梱包が続いている。いまでさえ、なにかトラブルが起きたら私は助け出される前に死んでしまうだろう。その上にまだ梱包するというのは、かなりのリスクのあることだと感じた。これ以上に梱包されることを望む人はいるんだろうか。

そう考えている間にも、次の梱包が用意される。蓋を閉めた箱を、ガムテープできっちり閉じていく。そこまでしなくてもいいんじゃないかと思うくらい、十字にテープが巻かれて、きっちり横向きにもぐるりとテープが渡った。

次に持ってこられたのは、ジュラルミンケースだ。きっちり箱が入る程度の大きさで、管を通すための改造がされている。

その中にぴったり収められ、ジュラルミンケースの蓋が閉じられる。ダイヤルロックがかかるようになっていたのか、技技名さんがそのダイヤルをくるくる回し、さらにカギまで使って念入りに閉める。このジュラルミンケースを盗もうとする人なんていないだろうに、カギまでしめるのはあくまで雰囲気づくりという奴なんだろう。

ジュラルミンケースが終わったら、今度は一回り大きなスーツケースが持ってこられた。それには下部に機械が取り付けられていて、上部だけがぽっかり空いたスペースになっている。

そのスペースにジュラルミンケースがおさめられて、ジュラルミンケースから伸びていた管はスーツケースの下部にある機械に接続された。おそらく空気、流動食、排泄管理まですべてする機械なんだろう。後々知ったことだけど、その機械には私の体内に埋め込まれたバイブの充電機能まであった。

スーツケースの蓋が閉められる。こうなると、もう管も外に出てなくて、外からは完全にただのスーツケースのように見えた。少なくとも、こんな中に人が入っているとは思わないに違いない。

スーツケースが立てられて、私は頭が上に、お尻が下にちゃんとなっているのを体の感覚で感じる。さすがに機械やら何やらが入ると重いのか、二人掛かりで床にスーツケースが降ろされた。映像を映しているカメラが取り外され、ハンディカムのようになって、移動するスーツケース……私について動き始める。

どこに行くのかと思えば、社長室に運び込まれた。そこに置いてある貴重品を入れる金庫を、社長がダイヤルとカギを使って開ける。金庫はちょっと大きめのもので、かなり大きな箱も入りそうだ。

その中に私の入ったスーツケースが、立てられた状態でしまわれる。金庫が閉じられ、社長が無造作にダイヤルを回す。

そして、満足げに頷いた後、何やら机の方に行って、何か作業をしていた。待つというほどのこともなく、社長が一枚の紙をもってカメラの前にやってくる。カメラの前に掲げられた紙には、私宛のメッセージが書かれていた。

『お疲れさま。これでしばらく放置するわね。カメラの映像は切るわ。じっくり楽しんでね♪』

文字を最後まで私が読んだのを見計らったように、目の前の映像が消え、私は完全な闇の中に取り残された。

目の前の映像が消えて闇の中に取り残されると、自分がすごいことになっていることに改めて気づかされる。

指先一つ、どころか、かすかな身じろぎさえできない完全な拘束。それも、その上に箱の中に四重にも閉じ込められて、三重のカギが私を外から出すのさえ妨げている。これ以上ない、多重拘束と梱包プレイ。

私は小さく呼吸を繰り返しつつ、自分の心臓の音がやけに大きく感じられることに気づいた。体を限界まで縮めているのだから当然なんだけど、その心拍数の速さが自分の興奮具合を示しているように感じられて、ますます興奮が高まっていく。

その時、体の中で急に振動が生じ始めて、私は思わず声をあげてしまうほど驚いた。もちろん声をあげたといっても、うめき声にしかならなかったけど。

(そ、そうだ……バイブが……っ)

忘れていたつもりはないけど、他のことに気を取られていてすっかり意識の外にあった。それが急に動き出したものだから、私は面白いほど動揺してしまった。

体中に振動が伝わってくるみたいだった。体が自由ならびくん、と震えていてもおかしくない。

けど、完全に拘束された私は、指先一つ動かせないまま、ただ高まっていく快感に耐えるしかなかった。

「っ……んっ……んんっ、あっ……ぁぁ……っ、うぅ……ぅっ、あぅ……っ、むぁ……ぁぁ……」

振動のパターンは時間ごとに変化し、徐々に強くなったかと思えば急に消え、消えたと思ったら突然動きだし、とにかく慣れさせてくれない。私はそれが動き続ける間中、不自由な体で悶え続けなければならなかった。

呼吸が乱れて、新鮮な空気を求めて深く、速い呼吸を繰り返すけど、供給される空気の量はあらかじめ決まっている量から変化しないらしく、私は徐々に酸欠状態に陥っていた。

(……これ、このまま酸欠になったら……どうなるんだろ……)

死んでしまうのだろうか。

そんな風に考えたけど、いままでだって箱詰めプレイの間に酸欠で気絶したことはあった。それを踏まえて考えれば、きっと大丈夫だと確信できる。

だから、私は安心して意識を手放すのだった。

意識が戻ったのは目に刺激を感じたからだった。

目の前の画面に再び映像が映し出されていた。光量はずいぶん絞っていたみたいだけど、完全な暗闇に慣れた目にはそれでもまぶしかった。

私がぼんやりする頭でその映像に意識を集中すると、その映像は社長室を映し出しているものだとわかった。

机に向かって仕事をしている社長と、私の入っている金庫が移るようなカメラ位置だ。何も知らない人が見たら、ただ社長が仕事をしているだけの単調な映像なのだろうけど、私からすれば、そんな何の変哲もないはずの場所で箱詰めにされて放置されているのだという映像だ。なんだか、むず痒いような想いだった。

そうしているうちに仕事が一区切りついたのか、社長が体を伸ばして大きく伸びをする。その他愛ない行動も、私からするとすごくうらやましい行動に移った。

社長は何気なくカメラを見上げると、にっこりと笑った。私が見ていることに気づいたのだろうか? いや、そもそもカメラの映像を入れるか切るかは向こうしだいなんだから、見えているつもりでやっているだろう。

社長はいたずら好きの子供みたいな笑顔のまま、机の上においてあったリモコンを手に取る。

なんとなく、何をするつもりなのか察した。

予想通り、社長はそのリモコンを私の入っている金庫に向けるのだった。

社長がリモコンを操作するのと同時に、私はお腹の中に何かが入り込んできたのを知る。

どうやら、浣腸の装置が動き出したみたいだった。私は徐々にお腹に満ちていく液体の感覚を感じつつ、なんともいえない快感を味わっていた。浣腸と同時に、膣にいれたバイブまで動き出したからだ。その注入される不快感と、振動する快感を同時に感じ、私は奇妙な感覚に溺れていた。

社長が別のリモコンのボタンを押すと、今度は空気の供給が止まった。

(えっ!? しゃ、社長さん!? 何を……!)

さすがにこれには驚き、抗議しようと思ったけど、いまの状態の私の声が社長に通じるわけもない。

あっという間に空気が薄くなり、私は窒息寸前の苦しみに悶える。

(し、しんじゃう……)

続けて、今度は流動食が流し込まれ始めた。勝手に胃が膨らんでいく感覚がある。

いろんな感覚が混ざり合って、よくわからない状態になっていた。絶頂しているのか、それとも苦しいのか、わからないまま、意識が弾けて真っ白になる。

どれくらい気を失っていたのかはわからない。空気の供給はすぐに再開されたみたいで、呼吸はいつも通りできていた。どうしても息が荒くなるのを、なんとか意志の力で抑えながら、私はぼやけた視界をなんとか正常に戻した。

気づけば社長は移動していて、来客用の席で話していた。その話している相手に気づいた私は、心臓が張り裂けそうなほどドキリと跳ね上がった。

社長が応対していた来客は、男性だったからだ。倶楽部の従業員には、一部を除いて基本的に女性が採用されている。お客さんもほとんどが女性だから、そこにいる男性はどうやら外の業者さんみたいだった。なにやら真剣な顔で社長と話し合いをしている。声は聞こえないから内容まではわからないけど、まじめな話をしているというのはわかる。

そんな話し合いが行われているすぐ傍で、全裸で箱詰めにされて、バイブやカテーテルや管を突っ込まれて、ぴくりとも動けない状態で拘束梱包されている……その異常なシチュエーションに興奮が高まる。

それを見越したように、バイブが動き出し、私はなすすべもなくイかされてしまった。

見ず知らずの男性が目の前にいるというのに、イってしまう自分が、なんともみっともなくて、情けなくて、恥ずかしかった。

でも……それ以上に、気持ちよかった。

私はまた絶頂に達して、意識を手放さざるを得なかった。

箱詰倶楽部の専属医、雷麗寺ひなは穏やかな女性だ。

医者という立場にあることも加わって、その溢れんばかりの包容力と母性には倶楽部の会員のほとんどが惹かれている。彼女はいつだって微笑みを絶やさない。彼女が怒るときは、相当な事態のときだけだ。

だからこそ、彼女が怒っているということは、それだけの事態だという証明にもなる。

「……それで、なにかいうことはありますか? 社長? 技技名?」

その時、雷麗寺の顔はまだ微笑んでいた。だから、極端にまずい事態ではないと周りにもよくわかった。

だが、それを前にして正座している二人にとってはとても安心できるような状況ではなかった。真正面から怒気を感じているからだ。

「いや、その……大丈夫ってひなちゃんがいうから……」

「そ、そうだよ! ひなのいうことは間違いないし!」

社長と技技名はなんとかそんな風に言葉を絞り出したが、笑顔のままの雷麗寺が座っている椅子を軽く軋ませたことで、思わず言葉を飲み込んでしまう。

雷麗寺は深くため息を吐いた。

「……確かに、一週間前に行ったエコー診断して、続行しても大丈夫だと診察したのは私ですけど、一週間も期間を延ばしたのはやりすぎです。後遺症が残ってもおかしくないんですよ」

「えっと……ごめんなさい……」

「ごめんよ……」

二人して項垂れ、反省を態度で示している。それをちゃんと感じ取った雷麗寺は、ふぅ、とため息を吐いた。

「子供ですか。まったくもう……とりあえずお説教はこれくらいにしておきますから、チカさんを早く出してあげましょう」

「はーい」

雷麗寺の言葉に、社長がおとなしく従う。

力関係がよくわかる構図だったが、実は社長の方が雷麗寺より年上だった。技技名に至っては一回りも違う。

それでも、雷麗寺の方がいろいろな意味で上に見えるのは、彼女の持つ雰囲気の賜物なのだろう。

社長は雷麗寺が見守る中、社長室の金庫に近づき、そのダイヤルをくるくると回した。手慣れた動きだ。

「……いまさらですけど、社長室の金庫に人を入れるのはどうかと思いますよ。もし泥棒が入ったらどうするんですか?」

「大丈夫! もし盗まれても追跡する方法はあるし……このビルに忍び込むようなバカはいないでしょ」

そういう社長の言葉にはビルを警備している会社に対する絶対的な信頼が感じられた。箱詰倶楽部などという特殊な組織だからこそ、防犯意識はかなり厳しい。人の入った箱を持ち出されでもしたら人命に関わるからだ。

「そうかもしれませんけど……」

「それにほら、チカちゃんみたいな子のことはいつも傍に感じてたいし……」

「夜には箱の中に入っちゃう人の言い分とは思えませんが」

「ここのところは金庫の傍で入ってるよ!」

「それがなんになるというのかしら……」

あきれて物も言えない、というように雷麗寺はもう一度ため息を吐いた。

社長がダイヤルを合わせて、金庫の扉を開く。

そこには相変わらず二週間前と何一つ変わらない状態で、スーツケースがおさめられていた。

大柄な技技名がそれを取り出し、慎重に机の上に置く。

「ここで開けていいんですか?」

雷麗寺が聞くと社長は軽く頷いた。

「ええ。問題ないわ。シャワールームも隣にあるし」

「……まあ、小さなチカさんなら社長用シャワールームでも大丈夫かしら」

「みんなでチカちゃんを洗いっこしましょうよ!」

輝かしい笑顔でそんなことを言い出す社長に、雷麗寺は目にも留まらない速さのデコピンを繰り出す。

額を抑えて涙目になる社長。

「いったー! じょ、冗談よ……」

「どうだか。あまりふざけないでください」

実にいつも通りの二人に対し、

「ねえ、手伝ってくれない?」

まじめに作業を続けていた技技名が苦笑いで抗議する。

「ああ、ごめんなさい。手伝うわ」

雷麗寺はそう答え、技技名と共にチカを取り出す作業に移った。

スーツケースのカギを開け、蓋を開くと、中にはジュラルミンケースと、それに接続された機械が見えてくる。一週間前に様々なものを補給した分のものはほとんど残っていなかった。

「……一週間も補給なしで保つってすごいわよね」

「まだまださ! 最終的な理想は、このサイズで三か月くらい保たせることだからね」

「それって、物理的に無理じゃない?」

「やってやれないことはない! もっと圧縮できればいんだけどね!」

あっさりいう技技名だったが、そもそも一週間分の空気と流動食をこのスペースに圧縮できている時点で異常なのだ。これ以上の進歩は、それこそ超未来の技術でもなければ不可能だろう。

「……機械は正常に起動しているみたいね」

「当たり前でしょ! してなかったらこんな悠長にやってないよ!」

技技名は言いつつ、外枠のスーツケースを解体していた。接続するときはともかく、機械を取り外すときはそのまま引っ張りだすということはできないからだ。

外枠のスーツケースをばらした後、技技名は機械を操作し、ジュラルミンケースとの接続を切り離す。肛門や尿道に差したコードの先端は、取り外すときにはちゃんと閉じて中身をぶちまけないようになっていた。

「よし、切り離し成功」

技技名はジュラルミンケースの番号を合わせ、その蓋を開いた。

中にはガムテープで厳重に梱包された箱が入っている。その箱から伸びているコードを引っ張らないように慎重ながら大胆に、技技名はその箱を持ち上げて隣のスペースに置く。

「さて……ここからだね。大事なのは」

社長が食い入るように見つめている。

技技名はカッターナイフを使ってガムテープを切断し、蓋が取り外せるようにした。指をかけて蓋を開けようとする。

しかし、何かの抵抗にあって開かなかった。

「……むぅ。やっぱりジェルが蓋の裏面に張り付いてるね……」

「大丈夫なの?」

社長が聞くと、技技名は軽く頷いた。

「ああ。問題ないよ」

技技名は加熱スチームを行う機械を取り出した。それを蓋の表面にまんべんなく当てていく。箱は木製だから、きっと中まで蒸気と熱が通っていることだろう。

「熱を与えて大丈夫なの?」

「固体化ジェルは高熱をあてることで液体の状態を取り戻すんだ。ただ、熱自体はほとんど通さないから、中のチカにはほとんど影響がないよ。火をつけて全体燃やしても平気だろうけど、さすがに不足の事態がありうるからね」

しばらくそうやって高熱のスチームを当てていると、蓋がすんなりと開くようになった。

蓋が取り外されると、透明なジェルの中に人間大の袋が沈んでいる様子が見える。二週間ぶりに見られる姿だった。

「チカちゃん、ちゃんと生きてるわよね? 呼吸とか大丈夫?」

社長の心配そうな問いかけに、技技名が管のうちの一本の前に手をかざして確認する。

「大丈夫。かなり弱くはなってるけど、安定した空気の動きが感じられるよ」

「……というか、そのあたりは抜かりなくモニタリングしてるじゃないですか」

雷麗寺のジットリとした目に、社長は肩身を狭くする。

「それは、そうなんだけど……それはそれとして、やっぱり心配じゃない?」

「一週間も期間を延ばした人間が何を……まあいいです」

言い合っていても益はないと判断し、雷麗寺はチカの解放に意識を戻す。

技技名は掃除機のような機械を持ってきて、箱の中に満ちていたジェルを吸い出していた。

「回収回収~」

「再利用するんですね」

「貴重なジェルだからね! ちゃんと衛生的にも気を使ってるよ?」

物の数分でジェルはほとんどが吸い出され、チカの入った袋はようやくその全体を外気に触れさせた。

技技名は汚れ予防のシートを机に広げさせ、その上にチカを寝かせた。寝かせた、といってもまだ小さく丸まった体勢は崩せない。

彼女の全体を覆っている袋が破かれ、今度はラップのようなもので巻かれているチカの姿が明らかになった。このあたりで、ようやく人間らしいフォルムが見えてくる。

「……よくまあ、こんな厳重に詰めたものですよ」

「きっと人気のプランになると思うんだ」

「どうでしょうかね……」

ラップも切断して取り除くと、ようやくチカの体はまっすぐ伸ばせるようになる。まだ一か所すら肌が見えていない黒いボディスーツ状態の人形のようだった。長く同じ体勢で居続けたためか、その体勢を取らせていたラップがなくなっても、チカの体は丸く丸まったままだった。技技名はそんなチカの体をまっすぐ寝れる状態にしようとする。

だが、雷麗寺はそれにストップをかけた。

「急に伸ばさないで。ちょっと確認します」

雷麗寺は慎重にチカの体をまさぐり、異常がないかどうかを確認していく。彼女自身の体温がかすかに伝わってくるため、生きていることは間違いなく伝わってきている。

血栓などが出来ていないか、触診で調べた雷麗寺は、異常が感じられないのを確かめ、ほっと一息を吐いた。

「大丈夫そうですね。じゃあ、ゆっくり体の先端から伸ばしていきましょう」

「了解!」

社長や技技名以外の手伝いも動員して、体の先端からやさしくマッサージをしながら徐々に動かしていく。

手や足の指から初めて、手首、足首、二の腕、ふくらはぎ、と徐々に動かせる範囲を拡大していく。チカの筋肉は固く凝り固まり、相当気を付けないと痛めてしまうからだ。

全身をまさぐられても、マッサージをされても、彼女の反応はなかった。あまりに長い間閉じ込められ、ずっと絶頂の中にいたであろう彼女の意識は、完全に深く沈んでいた。

ようやく体をまっすぐにして仰向けに寝かせた状態までになった。

「さて……先に仮面を外してしまいましょう」

「さすがにもうモニターの電池は切れちゃった?」

「外付けバッテリーがあればいくらでも持つけど、あんまり長時間つけ続けると目に悪いしね」

ボディスーツと一体化させていたテープをはがしていく。テープが外され、ボディスーツの切れ目や髪を収めているキャップがあらわになったこの段階で、ようやく人間らしい体臭がし始めた。二週間も閉じ込められていたのだから、さすがにそれなりの匂いはするが、それでも技技名自慢の材質と効力で出来たものを身についていただことはあり、その臭いはずっと抑えられていた。

「うん、これくらいなら十分及第点ね」

「社長、いまのうちにシャワールームのバスタブにお湯を張ってきてください。ぬるま湯ですよ」

「えー。いまからがいいところじゃない。ね、代わりにお願い」

作業員の一人にそう社長が頼み、その作業員は苦笑いをしながらも素直にシャワールームの方に向かった。

そして、社長が期待を込めた目で作業を見つめる。

技技名が仮面に手をかけ、慎重に取り外していく。

中から、少しやつれたチカの顔があらわになった。栄養満点とはいえ、さすがに流動食だけではすべては維持することはできない。それでも、何百時間も閉じ込められていたとは思えない肌のハリは維持されていた。

そのやつれた様子でさえ、何かをやり遂げた様子で神々しく映るのだから、不思議なものだった。技技名は慎重に流動食を流し込んでいた管を引き抜く。

髪を収めていたキャップも外すと、少しごわごわになった髪が広がる。それが頬に張り付いて、扇情的な光景を彩る。

「次はスーツを脱がそう。ひな、手伝って」

「わかった」

チカの上半身を起こす。うなじあたりにあったチャックを引いて、ぱっくりとスーツを開く。黒いスーツの中から白い肌が現れる様はまるでセミの脱皮でも見ているかのようだった。

じっとりと汗ばんだチカの体は、長い間閉じ込められていたとは思えない。スーツが優秀だからか、閉じ込められる前よりもむしろキレイになっているようにも思えた。

ゆっくり脱がしていき、腕を抜いて、さらにスーツをずりさげていく。胸からスーツが離れると、そのぴょこんと突き出した乳房の先端にある乳首が、固く尖がっているのが見てとれた。それは、彼女がずっと感じていて、いまでも感じ続けていることを示している。

「ふふっ、チカは本当に可愛いね!」

技技名が指先でその乳首を軽く撫でる。すると、かすかにチカの体がぴくりと動いた。しかし、自分の意志で体を動かすこともできないのか、痙攣レベルの小さな動きだ。

「あ。こら、技技名! 遊んじゃだめでしょ!」

子供をしかるように雷麗寺が声を荒げ、技技名はその雷麗寺の声にしゅんとなる。

「ごめん……つい」

「まったくもう……」

スーツを完全に脱がせると、ようやくチカは生まれたままの姿になった。そんな彼女を、社長が受け取る。社長は決して力の強い方ではないが、元が軽いチカならば一人でも抱えていける。

「じゃあ、チカちゃんをお風呂に入れてくるわ。片づけはよろしくね」

そのままシャワールームの方に行こうとした社長を、雷麗寺が低い声で呼び止める。

「……社長」

肩を震わせて止まった社長は、ゆっくりと雷麗寺を振り返った。

「な、なに? ひなちゃん」

「……くれぐれも、チカさんで遊ばないように。隅々までキレイにしてあげるんですよ?」

「も、もちろんよ! だからこそ、私も脱いだんだし!」

チカがスーツを脱がされている間に、社長まで脱いでいた。

確かに二週間も箱詰めにされていたチカの体表面にはどうやったって垢が浮いているし、汚れるのがわかっているのだから、洗う側も裸になっておくというのは間違った対処法ではない。

ないのだが、雷麗寺からすると社長のそれは趣味でしかないように思えるのだった。

かすかに鼻歌さえ奏でながら、社長はチカと共にシャワールームに消えていく。

ため息を吐く雷麗寺に同情するように、技技名は器具を片づけながら苦笑を浮かべるのだった。

ふと気づいた時、私はベッドの上に寝かされていた。

私は自分の置かれた状況がわからず、目を開けて目の前に移っているのが自分で見ている映像なのか、目の前の画面に映っている映像なのかわからなかった。体の感覚は、ない。寝かされているというのも、頭から感じるかすかな感覚に頼ったもので、首から下の体の感覚はなかった。

そこに、穏やかな声が聞こえてきた。

「おはよう、チカさん。気分はどう?」

眼球の動きだけでなんとかそちらを見ると、やさしげな笑みを浮かべた箱詰倶楽部の救護担当、雷麗寺さんがいた。白衣を着たこの人は、箱詰倶楽部の専属医であり、危険な状態に陥った会員を優れた医療技術で救う人だった。

この人のところにいるということは……今回のテストは終わったんだろう。

雷麗寺さんは少し怒っているようにも見えた。

「まったく社長も技技名も無茶するわよね。いくらチカさんがすごく箱詰めプレイに慣れているといっても、当初の予定を変更して長期間放置はやりすぎよ」

「……ぁ……っ」

声を出そうとして、まったく出せないことに気づく。なんだか、体が固まってしまっているみたいだった。

雷麗寺さんは、私を安心させるように、軽く頭を撫でてくれる。

「大丈夫。命に別状はないし、体にも後遺症は残らないわ。ちょっとあまりに長い時間動かさなかったせいで、体が動くことを忘れてしまっているだけ……もう少し落ち着いたら、リハビリしていきましょう」

「……ぁの……の……」

「どれくらい詰められていたかって? ……驚くと思うけど、約二週間よ」

その言葉を聞いて、私は驚愕した。

確か、実験の計画書には一週間くらいと書かれていたはずだ。状況の推移によって期間が短くなったり長くなったりするのはいつものことだけど、倍というのはさすがに驚愕だった。

「一週間の時点で一度出すべきだと主張したんだけどね。エコーを使って診断したら、まだ大丈夫だったから、社長たちが続行を決めたの。おかげですごくいいデータが取れたのは事実だけど……さすがにやりすぎよねぇ。でも安心して。二人はきちんと怒っておいたから」

雷麗寺さんが怒るのは相当危険な時だけだ。

よく生きていたものだと自分でも感心した。

「もうしばらく寝ていて大丈夫よ。すぐに元気になると思うから」

そういった後、用事があったらしい雷麗寺さんは医務室から出て行った。

雷麗寺さんが去って行ったあと、私は自分の体の状態を改めて確かめる。動かしづらいけど、手の指も足の指も感覚がちゃんとある。たぶん、大丈夫なはず。

私はふぅ、とため息を吐いて、ぼーっと天井を見上げていた。

箱詰めされていた間の記憶はほとんどない。ない、はずだったけど……際限なく続いていた快感のことだけは覚えている。というか、体に残っている。

(…………やめられないんだよねぇ)

この感覚が忘れらないせいで、私は何度も箱詰めプレイに興じてしまうのだ。今回だって下手したら後遺症が残っていたかもしれないのに、その恐怖よりも、受けた快感の方が勝っている。

私は本当に、箱詰めプレイから逃れられそうにない。

受付嬢

箱詰め倶楽部で、箱詰めを生活の中に組み込んでいる会員は少なくない。

小柄な体躯を活かしているテスター千城野チカは、新拘束プレイのために数週間の時間を拘束されるため、ほとんどそれが職業のようになっているが、一般的な会員の中には、平日は普通に仕事をして、週末はずっと箱の中に詰められて過ごすという者もいる。平日の厳しい業務も、週末に箱に詰められる楽しさを考えれば簡単に乗り越えられるとは、その一般会員の言。箱詰め倶楽部の受付嬢を務めているが、性癖的にはノーマルの真藤馬しずなにとっては実質自由がほとんどないようなその状態が幸せなのかよくわからなかったのだが、本人が幸せそうに箱詰めにされにくるのでそれで納得している。

その日の業務を終え、しずなは社長室に挨拶に向かった。ドアが開いている社長室に近づく。しずなは声をかけながら社長室を覗き込んだ。

「失礼します。社長、本日の業務が終了しま……何をやってるんですか?」

思わず挨拶を途中でとめ、しずなはそう聞いた。社長室の中では、床に敷いたマットの上でなにやら悪戦苦闘している社長の姿があった。しずなの姿を認めると、社長は情けない声をあげる。

「あ……しずなちゃん~。助けて~。アイタタタ……」

社長はマットの上で、ヨガのポーズのようなものを取っていた。足を上げて頭の後ろに回すという、ヨガといえば想像する体勢だ。しかし、どうも無理にその体勢を取ったのか、その状態のまま足が戻せなくなってしまったようだ。

服が汚れないようにか、社長はすべての服を脱いで全裸でそんな体勢をしているため、色んなものが丸見えで相当はたしない格好を晒していることになる。

そんな社長の格好や奇行にある程度慣れているしずなは、ため息を吐きながら彼女に近づき、社長に強力してその体勢から元の耐性に戻るのを手伝ってあげた。社長は涙目になって股関節をさすりながら、しずなに礼をいう。

「ありがと~。脱臼するかと思ったわ」

「……何をしてたんですか? ヨガでも始めたんですか?」

「ん~とね。ちょっと新しい拘束プレイを思いついたんだけど、体が柔らかい子じゃないとテストがしてもらえないのよ~。ちぃちゃんはそういう意味では難しいから、自分ができるかなと思ったんだけど……ダメね」

チカは小柄ではあるが体が硬い。そういう意味ではテスターとしてふさわしいともいえたが、こういう特殊な体質を求める場合は不向きだった。

「……軟体であることが大事なんですか? それでは、誰でもできるわけではないという意味で、あまりよくないのでは?」

「それはそうなんだけど、今回のアイデアはパフォーマンスがメインなの。ちょっと派手な仕掛けを考えていて……それを実現させるためだから。いつものコースとはちょっと目的が違うかも。もちろん、できる人はやらせてあげるつもりなんだけどねー」

「そうですか」

しずなはそう頷いて、立ち上がる。

「それでは、私はこれで」

「ええっ、しずなちゃん。待ってよ~! 冷たい~!」

「そういわれましても……私に手伝えることはありませんし」

しれっと答えるしずなだったが、社長の目がきらりと光った。

「しずなちゃん、学生時代新体操部だったわよね」

「……そうですが?」

「ものすごく体が柔らかかったり、しない?」

「人並みではないかと」

「あたしがさっきやってたポーズ、やってみてくれない?」

「スカートでしろと?」

「あたしなんて全裸だよ?」

「お断りします」

「……社長命令、って言ったら?」

ぼそり、と社長はそう口にする。しずなは深くため息を吐いた。

「もし出来たとしても、私はテスターをするつもりがありませんから、やっても無駄です」

しずながすっぱりと拒否を明らかにすると、さすがの社長もあきらめたようだ。

「うーん。体が柔らかいことが自慢の子、いたかなぁ……」

「また会員にテスターになってもらうんですか? 社長。あまりテスターを増やしすぎるのは、倶楽部の収入源に繋がりますのでやめた方がいいかと」

「そうよねぇ……わかってはいるんだけど」

しゅん、と気落ちしている様子の社長を見て、しずなはまた深くため息を吐いた。

「……今回は、パフォーマンスが主だとおっしゃいましたね?」

「え? うん、そうだよ」

「つまり、長期間の拘束は必要ないということですよね」

「できればそうしたいけど、確かにそれは必須じゃないね」

言いながら社長の目が輝き始めるのを、しずなは見逃さなかった。やれやれと思いつつも、社長に向けていう。

「今回だけですよ」

なんだかんだいって、しずなは社長に甘いのだ。

そうして、本来ノーマルの性癖であるしずなが、箱詰め拘束プレイのテスターとなることが決定したのだった。

しずなはお堅い性格に反して、何気に体が柔らかい。

百八十度に両足を開いたまま、お腹が地面につくほどぺたりと体を倒すことが可能な程度には、柔らかかった。

「ひゃ~。しずなちゃん、どこが人並みなのよ。ものすごく体柔らかいじゃない」

「元々はそんなに柔らかくありませんでした。長年のストレッチと運動のたまものです」

さらりとしずなはいって、体を起こす。現在、社長としずなは試験室にやってきていた。しずなは入念なストレッチを行って、体をほぐしていた。

そこに箱詰め倶楽部の技術部主任、技技名が色んなパーツを持ってやってくる。

「いやぁ、まさか真藤馬がテスターをやってくれるなんてね! 嬉しい誤算だよ!」

「……嬉しい誤算?」

「ああ! 断るだろうと思ってたからね! でも、社長の指示で試作品のサイズは……」

「ぎ、技技名! しーっ!」

社長が慌てた様子で技技名を止めたが、すでに答えは言っているようなものだった。

「……つまり、最初からテスターは私のつもりで進めていたというわけですか」

じろりとしずなが社長を睨む。社長は居心地が悪そうに体を縮めこむ。

しずなは自分よりも年上である社長のそんな様子に、深くため息を吐く。

「まあ、いいです。十分なボーナスは約束してもらいましたし」

結局会員をテスターにするのと変わらない出費である気はしたが、しずなはそれは考えないことにしていた。

おそらく社長としてはこの機にしずなが自分たちと同じ性癖に目覚めればいい、とでも考えているのだろうが。

微妙な空気が流れたのを無視してか、それともあえてか、技技名が説明を始める。

「じゃあ、説明するね! まず、今回のコンセプトは……コントレーション箱詰め! つまり、通常は限界まで体を丸くして箱の中に納まるところを、もっと特殊な体勢で収まるってわけだ。そのために用意したのが……これ!」

どん、と技技名が持ってきた道具を床に置く。それを見たしずなは少し眉を広めた。

「……透明な……パーツ?」

「その通り! これはくみ上げれば四角い箱の形になるもので、二つあるパーツを重ねてできるこの隙間に綺麗に体が収まるようにできているんだ! これにより、不自然な体勢によってかかる体への負担を軽減することができるってわけ! 空中に繋ぎとめられてしまうような形になるとおもうよ!」

「……また器用なものを作りましたね」

「うちの技術班の技術は世界一だからね!」

胸を張る社長に、しずなはため息を吐いた。技術の無駄遣い感をどうしても完全に拭い去ることができないからだ。

「とりあえず……やってみましょうか」

しずなは身につけていた服を脱ぎ、全裸を晒す。クールな性格で通っているしずなも、さすがに全裸を二人の前にさらしたことはそう多くないため、羞恥でその白い頬がかすかに赤く染まった。

そのことに対し、社長も技技名も特に触れることはなかった。そういうところをからかって本気でしずなを怒らせてしまうわけにはいかないからだ。普段は無遠慮なほどずけずけと踏み込んでいく二人だが、そういう最後の一線は超えない思慮深さはある。

「OK! じゃあ、早速箱詰めされる体勢を取ってもらうね!」

技技名の指示の元、しずなが体勢を取っていく。

まず、技技名が用意した箱のパーツの内、底面にあたるパーツの上に、しずなを寝かせる。その底面パーツはしずなの体の形に凹んでいて、しずなの上半身は綺麗にそのあとに収まった。

「……いつのまにこんな正確なデータを計ったんですか?」

スリーサイズが合っているとかそういうレベルではなく、自分の体の型を取ったとしか思えない正確さに、しずなが不思議に思う。

技技名はにっこりと笑ってみせた。

「ふふふ……箱の中の異常を感知するために、エコー診断の技術も上がっているのさ! だから、服の上からでも体のサイズなんかは丸裸だよ!」

「ちょっと待ってください。初耳なのですけど?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

もしそんな技術があることが本当なのだとしたら、プライバシーも何もなくなる。それこそ悪用しようと思えばいくらでも悪用できそうな能力だ。とはいえ、どうせプレイのため以外には使わないだろうと、しずなは二人のことを信頼していたので、それについてそれ以上はどうこう言わなかった。

そして、いよいよ本格的な拘束が始まる。

「逆エビ反りな感じで両足のかかとを頭の横に持っていけるかい?」

「えっと……こうですか?」

うつぶせに寝転んだ状態から、しずなが両足を持ち上げ、ゆっくりと体を逆向きに曲げていく。それをみていた社長が、驚愕ゆえか、口元を抑えた。

「うわぁ……しずなちゃん、すごい……」

完全にしずなの両足のかかとが、彼女の顔の横につく。体は綺麗な弧を描いていた。

かすかにお腹が空中に浮いている。

(ん……思っていたより、胸が苦しくないかも)

しずなはそう感じていた。胸の下にしいた板のくぼみが、程よく彼女の乳房を包み込み、押しつぶされるというほど押し付けられていないからだとしずなは察した。

技技名がしずなのお腹から腰のあたりまでを挟み込むパーツを、左右からゆっくりはめていく。

「軽く体を揺すって。そうそう。皮とか挟んでないよね?」

「大丈夫……だと思います」

しずなの返答を聞いてから、技技名が最後の一押しをはめ込む。ぱちん、という音がして、しずなの腰付近胴体が固定された。

(……なるほど、これなら確かにこの体勢を維持しておくのも少しはマシかも……)

「両手を後ろに回してー。組んでもらって……と」

しずなは逆向きに体を曲げているが、その背中と太ももの間には少しだけ空間があいていた。そこにしずな自身の両腕がちょうど収まった。

「う……ちょっと、技技名さん。これは、さすがにつらいんですが……それに……腰のパーツですが……変なところが、開いてませんか?」

しずなは不思議な感触を覚えていた。腰のあたりは透明なパーツによって隙間なく覆われているはずなのに、どうにもあの部分に外気のようなものを感じるのだ。まるでそこだけ穴の開いた服でも身に着けているかのような感覚だった。

「大丈夫大丈夫! 次はふくらはぎから下の足のパーツにはめちゃうね!」

技技名はそう言ってしずなの言葉を受けながし、さらにパーツをはめ込んでいく。ただでさえ、四角い体勢をとっていたしずなは、透明なパーツによって外殻を覆われ、本当に四方形の形に近づいていた。

しかし、また完全な四角形にはなっていなかった。秘部のところが覆われていないというのもそのうちだったが、最大の原因は足と足の間、ちょうどしずなの頭の上のスペースが空いていたからだ。

「真藤馬。ちょっとごめんね」

技技名がそう断って、しずなの顔にマスクのようなものを装着する。口と鼻を覆う、顔の下半分を覆うマスクだ。

「む、ぐっ?」

「そのままで密閉しちゃうと、真藤馬の吐く息で箱が曇っちゃうから」

そのマスクは左右にホースが伸びており、それを技技名はしずなの背中に置いた小さな機械に接続する。

それはどうやら空気を格納するためのボンベのようなもので、完全に密閉するのだとしずなは実感する。

「よーし、じゃあ一番大事なパーツをはめちゃうよー」

そういって技技名が持ち出したのは、しずなの頭の上のスペースを完璧に埋めるパーツだった。

それが接続されると、しずなはいよいよ透明な四角形の中に閉じ込められてしまう。

しずなは急に自分と外との間に完全な壁が生じて、音が静かになったのをなんとも言えない表情で受け入れていた。

(……普段、箱詰めされている子たちはこんな感覚なのね)

いまのしずなの場合、箱が透明であるために目に見える閉塞感は思ったほどではないが、それでもやはり全身の周りにどうしようもない壁が存在していることに箱詰めにされている感覚は強い。

自分の呼吸音と少し早くなった心臓の鼓動を聞きながら、しずなは外にいる社長と技技名を見つめた。

ただ、いまだあそこの部分だけは外気に触れている感覚が以前としてあり、それだけがしずなの落ち着かない種だった。

技技名はしばらく隙間が生じていないかどうか入念なチェックを行い、そして満足したのか一歩離れる。

「オッケー。これで大体の準備は終了……っと。どうかな? 社長」

「なかなかいいじゃない。とても綺麗よ」

そういいつつ、社長は少し残念そうに箱の表面を指でなぞった。

「でも、どうしても切れ込みは目立つわね……」

「ふふふ……もちろん、ただ合わせただけじゃ、どこまで行っても限界があるからね!」

技技名の楽しげな声を聴いて、社長は少し首を傾げる。

「……なにか、対策があるの?」

「まあ、それはいったんおいておいて……完全な立方体にするには、あともう一つ不足しているパーツがあるよね?」

技技名はいたずらっ子のような笑みを浮かべていう。それに対し、社長は頷いた。

「そこには、どんなパーツがあるの?」

「ふっふっふ。まずは……これ!」

そういって技技名が取り出したのは、三角形に近いパーツだった。開いている最後の部分を埋める形だったが、明らかにおかしな突起物があった。

「張り子一体型! パーツをはめ込むとぴったり入った状態で固定されるわけ!」

「まあ……すごい。おおきい……これ、大丈夫なの?」

明らかに大きなサイズのそれを見てか、箱がかすかに揺れる。しずなが暴れているのだ。

技技名はにっこり笑ってその突起を指でつまむ。その突起は、驚くほど柔らかく、ぐにゃりと曲がった。

「え? これ張り子っていうけど……ゼリーみたいに柔らかいの?」

社長も興味津々な様子でそれに触れる。それは社長が軽く握るだけで、大きく形を変えた。きゅっ、と小さくなった状態なら、指一本分の太さもないかもしれない。

「ただの張り子じゃ、色んな人に対応できないよね! だから、こういう材質にしてみたんだ」

「へぇ……なのに触っていない状態だと自立するなんて不思議ね。普通、ぐにゃぐにゃになってしまいそうなものだけど」

「形状記憶には苦労したよ!」

というわけで、と技技名がしずなのお尻側に移動する。反った状態になっている彼女のそこは、ほとんど真上を向いていて、ひくひく、とかすかに動いていた。

「本当は浣腸して後ろ側にも入れるんだけど、今回はその準備はしてないから、前だけにするね!」

そういって二本あった突起の内の一本を取り外す技技名。社長は何気にそれに感心してしまった。

「それ、そんな簡単に外れるのね」

「うん。色々なパターンに対応できるようにね! さて、これに……と」

技技名は残った一本の突起にローションを擦り込み、その先端をしずなのそこに触れさせる。ぴくん、としずなの体が震えた。技技名は慎重に角度に気をつけながら、そのパーツをはめ込んでいく。

パーツが完全にはまり込むまで押し込むと、あれだけ大きかった突起は、すべてしずなの膣内に収まったようだった。透明なパーツであるため、しずなのあそこが張り子によって押し広げられ、中身まで丸見えになっている。社長はそれを見て、思わず頬に手を当てた。

「ちょ、ちょっとこれは、恥ずかしいわね……しずなちゃん大丈夫かしら」

「本人にはわからないから大丈夫じゃない? っていうか、社長がいまさら恥ずかしがっても」

技技名のいうとおり、普段から全裸でもなんでもためらいなく晒す社長が行っていいセリフではなかった。

「これでよし……と。正方形の完成!」

完全な立方体に不思議な体勢で収まったしずなのオブジェが、そこに存在していた。

彼女を封じ込めているパーツはすべて透明なため、彼女の姿はとてもよく見える。表情まではっきりと見えるくらいで、外にいる社長や技技名とばっちり目が合っていた。

「ふふふ……ちゃんと空気も吸えているみたい。苦しそうじゃないわね」

「ははは、苦しそうだったらやばいよ! ただ、これで終わりじゃないんだよ!」

「さっき言ってた、このつなぎ目に対する対策?」

「実際にやってみせるよ! まずは……と」

技技名はその体格の良さに付随する腕力を活かして、しずなの入った箱の周りに、おおがかりな機械を運びこんだ。

しずなの箱よりも一回り大きい、骨組みだけの四角形をしずなの箱の周囲に配置する。社長が何をするつもりなのかわからないまま見守る中、技技名はその骨組みだけのそれに付随したスイッチを押した。

すると、その骨組み自体が光り出した。その時、社長の目に驚きの光景が映る。

「……え!?」

まるで、透明な箱が消えてしまったかのようだった。しずなの白い裸身が、空中に浮いているかのように浮かび上がっている。中に入っているしずなも自分が空中に浮いたように思えたのか、びっくりしているのがわかった。

「は、箱が消えちゃった!?」

「ふふふ、消えてないさ! ちゃんとここにあるよ!」

技技名が手の甲で軽く叩くしぐさをすると、確かにそこに箱が存在している音がした。社長は急いでしずなに近づいて、手を伸ばす。その手が、つるつるとした箱の表面を捉える。

「うわっ、ほんとだ。ちゃんとある……どういうこと?」

「目の錯覚を利用した観賞用のギミックさ! こんなにはっきり中身が見えるのに、実のところはほとんど密閉されていて自由はほとんどない……とてもいい感じだと思わない?」

「……ええ! 最高ね!」

社長はすでに大満足の様子だったが、技技名はまだパフォーマンスを終えなかった。

「ふふふ、実は、この箱にはさらにもうひとつギミックがあってね! ……そろそろ、効果が現れてくるかな?」

そういって技技名が示し、社長が見つめる中、箱の中のしずなに変化が現れはじめていた。

箱の中に固定されたしずなは、窮屈な姿勢でかすかに汗を掻いていた。

体を動かしてこそいないものの、密閉空間というのはそれだけで熱がこもるし、なにより不自然な姿勢で居続けることはそれだけで体力を消耗する。いくら技技名特製のパーツを組み合わせて体を半ば固定しているとはいえ、それでも消耗する力は消耗する。

さらに、先ほど最後に秘部に挿入された物の影響も、ないとはいえない。バイブのように動いたりこそしなかったが、それはしずなの体内を内側から押し広げている。彼女の体内をそのまま形作るようにしているのだから、異物感はひとしおだし、なによりしずなにとってその場所への刺激というものは決して慣れた刺激ではなかったからだ。

とても経験豊富とはいいがたいしずなの経験値では、そこに対する遺物感はそれだけで神経を削り、体力を消耗させる原因だった。

(熱い……)

じわりじわりとあがっていく箱の中の気温に、しずなは浅い呼吸を繰り返しながらとにかく耐えていた。

だが、そんなしずなの努力をあざ笑うように、徐々に箱の中の気温はあがっていっていた。

(あ、あれ……なんだか……どんどん、暑く……? まさか……光のせい……?)

舞台の上を照らすスポットライトに照らされているとそれだけで非常に熱く、役者は汗をかかないように苦労するらしい。いましずなの周りから照らしている光も、相応の熱を発しているのかもしれない。

じわり、じわりと熱が高まっていく。

(う、うそでしょ……? このまま温度が上がっていったら……蒸し焼きになっちゃう……! まさか、光で熱があがることに、気づいてないの!?)

しずなは焦るが、どうしようもない。徐々にあがる温度に、窮屈な姿勢で耐え忍ぶしかなかった。

その時、急に体の中が熱くなり始めた。挿入された柔らかい張り子まで、熱が発し始めたのだ。

(あぁっ、うぁ、な、なにこれ……っ)

体の中で単なる異物感になっていたその感覚がさらに強くなりつつあった。まるで生きている人間のそれを体内に入れられているような、そんな感覚になっていた。じりじりと、熱が高まっていく。

(体……焼ける……っ)

しずながパニックになりかけた時、急に光源が遠ざかって、全身に感じていた強い光の感覚がなくなる。

(よ、よかった。気づいていなかったわけじゃ……あれ?)

眩しさにくらんでいた目が慣れてきた時、しずなはまたおかしなことに気づいた。

さきほどまでは光のせいで見えなくなっていた箱が再び見えるようになっていたのだが、その箱に見えていたつなぎ目が、光が遠ざかっても見えなくなっていたのだ。

しずなは完全に箱の中に閉じ込められていた。

それを見た社長は、驚きの声を上げる。

「つなぎ目が消えちゃった!? え、技技名、これどういうこと?」

社長の驚きを満足そうに受ける技技名は、説明を始める。

「さっきの光の熱が、この箱を形作っているパーツの材質を少しだけ変化させたんだ。中で接しているしずなにはギリギリ影響のない範囲でね。それによってつなぎ目が結合して、完全な箱に変化したってわけ。すごいでしょ?」

「すごい! すごい、んだけど……結合しちゃって大丈夫なの?」

要は鉄と鉄を結合する際に溶接したようなものだ。ちゃんと中からしずなが出れるのか。技技名は力強く頷く。

「大丈夫! 確かにその気になればこのまま脱出不可能な檻にもなるけど、解除は比較的簡単だよ。本当に最悪の場合は割ってしまうこともできるしね!」

「そうなの? ならいいけど……」

社長はそう言って、あらためて透明な箱の中に閉じ込められたしずなを見る。

それは一個の芸術作品のように、その場所に存在していた。中に詰め込まれたしずなは、どこか恐怖を感じていると同時に、この上ない快感も得ているような、そんな微妙な表情を浮かべていた。

技技名が満足したように資料に必要事項を記入する。

「うん、試験は十分かな。あとはしずなと同じようにできる人が何人確保できるかって話だけど……」

「……積み上げたり、横に並べたり、これをさらに隙間なく大きな箱に収めたりしても楽しそうね」

「おっ、それなら次の機会までに吸盤か何かを使って、簡単にこの箱を移動させられる装置を作らないといけないね!」

「ああ、確かにね。さすがに重いでしょう?」

「人間一人の重さだけならともかく、透明パーツが結構重いからね! 仕方ないさ!」

さすがの技技名も、材質を無視して軽量化はできない。

それをすこしだけ残念に思いつつ、社長はしずなの収まった透明な箱のオブジェを撫でる。

「これでしずなちゃんも目覚めてくれたら、とても嬉しいんだけどなぁ……」

そう願う社長だった。

その後も趣味としての箱詰めには頑として乗らないしずなではあったが、箱詰め倶楽部の仕事として試験に協力すること自体は、抵抗なく受け入れていた。

社長はきっとしずなに素養があると信じ、それからもことあるごとにしずなを誘うのだった。

出張業

前編

箱詰倶楽部には出張箱詰めサービスが存在する。

これは元々は箱詰倶楽部の建物に入るところを万が一にも人に目撃されたくない、秘匿型ユーザーを想定して用意されたサービスだった。会員の自宅まで箱詰倶楽部の従業員がトラックで訪れ、会員をその場で梱包し、箱詰倶楽部本社に運ぶ。しばらく箱詰めを堪能してもらったあと、再度会員の自宅まで箱詰めした状態で運ぶ。そうすることで、趣味のことを誰にも知られることなく、箱詰めプレイを堪能してもらうことができるわけだ。

そんなサービスを用意したところで、利益が生まれるほどに需要があるのかと、箱詰倶楽部の受付嬢の真藤馬しずなは疑問を浮かべていたが、実際にサービスを開始してみればほぼ毎日申込みがあり、週末などは人気がありすぎて申し込みを制限しなければならないほどに大人気のサービスとなっていた。

本来のターゲットである秘匿型ユーザーだけでなく、単純に箱詰めされた状態で輸送されたいという会員が多かったのが、その原因だ。

特に箱詰めが趣味ではないしずなにとっては、不思議な現象だったが、社長は「大丈夫だったでしょう」と言わんばかりのドヤ顔を浮かべていた。そのあまりに露骨なドヤ顔に、しずなが絶対零度の視線を向けて、社長が涙目になったのはサービスを開始してしばらく経った頃のこぼれ話。

今日も順調に、箱詰め倶楽部の元には出張箱詰めサービスの申し込みがあった。

しかし、ある日の申し込み内容に、しずなは困惑して社長を呼ばざるを得なくなった。

「十人同時?」

さすがの社長も驚きだったのか、目を真ん丸にしていた。

しずなは保留にしている電話をちらりと見て、社長に向かって頷いた。

「はい。申し込みをしてきているのは箱詰倶楽部の会員ですので、悪戯の可能性はありません」

箱詰倶楽部は、その特性上、極めて厳格な審査と厳しい検査が義務付けられており、どういう事情であれ、もしもトラブルの種を持ち込むようなことをすれば強制退会は免れない。そして箱詰倶楽部の会員になるような性癖の持ち主にとって、箱詰倶楽部からの追放は致命的な損失になりうる。

だから、その会員が悪戯でそのようなことを言っているわけではないということは確かだった。

「……規模が規模ですので。可能かどうかの判断も含め、私の手には余ります」

しずなは自分の権限をよく把握している。今回のような特殊例に関しては社長に話を振るのが一番確実であるとわかっているのだ。

社長はその判断を理解し、深く頷いた。

「オッケー。わかった。私が直接話すわね」

そういった社長はさっそく受話器を取って話し始める。普段社長はちゃらんぽらんな言動のため、生真面目なしずなや、専属医の雷麗寺ひなには叱られることも多い。

「お待たせして大変申し訳ありません。お申込みありがとうございます。箱詰倶楽部代表の……」

しかし、一企業の代表なだけはあり、真面目な応答をすると絵になる。

しずなはなるべく会話を聞かないように、そっとその場を離れて別の事務作業を始めた。作業をしながら社長が話している声の調子を見て、その申し込みを受けようとしている気配を感じた。

(こんな特殊性癖の人がよく10人も集まったなぁ。交友関係が広いとかは関係ないと思うけど……まあ、私には関係ないか)

10人同時箱詰めに必要と思われる書類を準備しながら、しずなはそう考えた。

しかし、それは決して他人事では済まなくなったのだ。

話が終わったのか、受話器をおきながら社長がブイサインをしずなに向ける。

「オッケーよ! 問題ないわ! 手続きを進めてくれる?」

社長が最低限の項目を埋めた申込用紙をしずなに手渡す。

それに目を通し、人数の欄に確かに「10人」と書いてあるのを確認した。

「はい、わかりました。……よく同好の士が10人も集まりましたね」

単純な感嘆の意味を込めていったしずなだったが、社長は少し眉を曲げ、きまずそうに両手の指を合わせた。もじもじ、という言葉が聞こえてきそうな素振りだ。

「えーと、それなんだけどね?」

その社長の声を聞いた瞬間、嫌な予感を感じたしずなは、盛大に顔をしかめた。

先手を打ってしずなが口を開く。

「やりませんよ?」

「まだ何もいってないんだけど!?」

思わず反射的に返した社長の反応で大体察したのか、しずなはため息を吐く。

「はぁ…………なるほど、そういうことですか」

ずばり、しずなは口にする。

「エキストラとして、社員の何人かを一緒に箱詰めするんですね?」

「もー! しずなちゃんは何も言わなくても全部わかってくれるから好き! だからお願い!」

拝み倒す勢いで頭を下げる社長に対し、しずなはそっけなく一言だけ返す。

「嫌です」

冷徹に応じ、社長に背を向けて素知らぬ顔で事務作業をしながらも、彼女は自分が結局押しきられてしまうであろうことを予感していた。

社長の必死の懇願と多額のボーナスによって説得されたしずなは、結局十人同時箱詰め輸送プレイに参加することになった。

打ち合わせと書類作成もかね、しずなはその日朝から社長室で社長と相談をしていた。

「提案者を含めて、お客様は何人いるんですか?」

「えーとね。6人だそうよ。うちからはしずなちゃんとちぃちゃんが決定してるわ」

「……チカさんにはちゃんと承諾を取ったんですか?」

千城野チカは、小柄な体を活かした箱詰倶楽部のテスターである。

こういう時には真っ先に名前が挙がる人物だ。

「試験のひとつってことにするから、問題ないわ。受けてくれるでしょう」

テスターとして所属している以上、確かに彼女はめったなことでなければ断ることができない。

それは理解しているものの、気の毒に思うしずなはきちんと社長に向かっていう。

「一応ちゃんと確認してあげてくださいね……」

「りょーかい」

「あと二人はどうするのですか?」

客が六人で、倶楽部から二人では十人箱詰めにまだ二人ほど足りていない。

それなんだけど、と社長は悩んでいるようだった。

「技技名はみんなを詰めてもらわないとだめだから無理だし、ひなちゃんも考えたんだけど、今回は初めてのプレイだから医療スタッフとして待機していてもらわないといけないし、私も責任者として詰められるわけにいかないし、で難航してるのよねぇ……いっそ会員から希望者を募ることも考えたんだけど、はたして当日までに集まるかどうか……今回の六人も結構前から予定を調整して日時を決めたみたいだし、難しいのよねぇ」

「……なるほど」

しずなは唸った。

「常駐スタッフの方で候補に挙がる人はいないのですか? 『オーソドックス箱詰め』コースの間木和さんや『物品』コース専門の風矢薙さんは興味を持ちそうですが」

そのしずなのあげた二人は、箱詰倶楽部の従業員でありながら、同時に箱詰倶楽部の会員でもある二人だった。彼女らは仕事が休みの日はいつも、従業員特典で好きな箱詰めコースを堪能している。

社長は深々とため息を吐く。

「それが、その日は体験入会の子や常連さんがくる日だから……二人とも手が空いてないの。」

「……タイミングが悪いですね」

「そーなのよねー。よりによってそういう予定が重なるなんて……予定が空いているのは牧上さんくらいなんだけど、さすがに牧上さんは……」

「牧上さんは年齢的に体の負担のかかるプレイは無理でしょう」

「あ、うん。まあ、そうね」

熟練の緊縛師である牧上は初老の男性であり、そういう意味でも無理なのであった。

二人して頭を悩ませる。どうしても十人揃いそうにない。

「……それならば、いっそこういう手段はいかがでしょうか」

しずなが持ちかけた起死回生の提案を、社長はもろ手を打って歓迎した。

引っ越しに使用するようなトラックが、箱詰倶楽部の地下駐車場に停まっていた。

トラックには蓋が開いた箱のイラストに、抽象化された「人」の文字が重なっているようなマークが描かれていたが、特にどこの会社のものかはわからないようになっていた。もちろん、箱詰倶楽部の会員には、そのマークをつけたトラックが箱詰倶楽部のものであることがすぐわかる。

そのトラックの周りにかつてない規模の人員が集まっていた。社長が指揮を取って作業を進める。

「じゃあ、改めて本日の流れを説明するわね」

その場にはいつもの出張箱詰めサービスのメンバーである運転手の男性二人の他に、

技術班班長の技技名や倶楽部専属女医のひな、テスターのチカや受付嬢のしずななど、箱詰倶楽部の中でもそれぞれ特別な立ち位置を築いている者が揃っていた。

「まずはここでエキストラとして参加するしずなちゃんとちぃちゃんを箱に詰めて、協力してくれる会員のルカさんを特別な箱に詰め直すわ。そのルカさんは……」

「もうここにつれてきてるよ!」

技技名が足下におかれたスーツケースを軽くなでる。その中にルカが入っているのは確実だった。かなり小さめの箱で、その中に人間が入っているのだとすれば相当詰められていることは間違いない。

「睡眠ガスは注入済みで、これに詰める前に目隠しとかはしておいたから! プライバシーも守られると思うよ! 途中で起きちゃっても大丈夫だし!」

「そう。ありがとう技技名。人数の問題も無事解決できてよかったわー。しずなちゃんの提案のおかげね」

社長はしずなに笑いかける。

当日、他の箱詰めプレイをしている会員に、十人箱詰めプレイにも参加してもらうという提案は、しずなから出たものだった。同じ日にプレイをしている会員ならば、うまく誘えば参加してもらえる可能性が高いであろうという予測で提案されたことだったが、その提案はうまく行き、ルカという会員を確保することに繋がった。

しかし、提案が採用された形になるしずなは決して喜んではいなかった。

「……確かに、私が提案したことですけど、本当によかったのですか? いくらパートナーのアキラさんに了解は取ったとはいえ……本人が知らない間に別のプレイに参加していただくなんて……」

しずなそう問いかけたが、社長は笑顔で頷いた。

「大丈夫! ちゃんと記録も残しておく予定だから!」

それでなにが大丈夫なのか、としずなが社長をみていたが、社長はそっと目をそらした。

そう、実は今回ルカ本人は箱詰めプレイの途中で別の箱に詰め直されて運ばれるということを知らなかった。ルカは箱詰倶楽部の会員の中で、独り身ではなく男性のパートナーがいるタイプの会員だ。そのため、そちらのパートナーとだけ話が通っており、ルカ本人にはこのプレイの話は通っていない。

もちろん、視界などは制限されているため、本人の感覚的にはずっと箱詰めにされている感覚と変わらないだろうが、それでも現実に勝手に移動させてしまうのは問題になるかもしれない。

まじめなしずなはそう考えていたが、社長は大丈夫だと言っていた。確かにたまにそういったことをしないわけではないので、問題ないという社長の想定も間違いではない。

「えっと、それでね。三人をトラックに積んだら、まずはもう一人の協力者を迎えにいきます。それで一番下の段が完成するから、あとは今回のメインである六人をそれぞれその上に積んでいくだけね」

今回、十人箱詰めということで、複数を詰めるということを生かすために箱詰めされた九人を三列三段に積むことになっていた。

「いやー! いろいろ大変だったよ! 強度と機能の両立が難しいのなんのって! 最終的にいくつかの機能はあきらめざるを得なかったし!」

残念そうに呟く技技名だったが、しずなはそんな彼女にあきれているような視線を向ける。

「あなたの技術力は十分なものでしょう。悔しがる必要はないと思いますが」

「しずな慰めてくれてるのかい?」

嬉しそうな笑顔で、技技名がしずなに問いかける。しずなはあくまでクールに「事実を述べているだけです」と素っ気なかったが、技技名にはそれで十分だったようだ。

社長がそんな二人を苦笑しながら制する。

「はいはい。じゃれあいは仕事が終わってからにしてちょうだい。それでね、十人全員詰めたら、そのあとはいちど箱詰倶楽部に運んで、外からは見えない位置のエントランスに全員を積み上げ直します。この際だから倶楽部のPVも一緒に取っちゃうことにしたから! 公式サイトの壁紙にも使いたいし……」

「……それ、承諾は取れてるんですか?」

「うん! 依頼者と協力者には快く受け入れてもらえたよ!」

じろり、としずながジト目を社長に向ける。

「私は聞いていませんが?」

「……あれ? い、言ってなかった?」

「はい」

焦った表情を浮かべる社長に、絶対零度の視線を向けるしずな。

「しゃ、社長さん……私も聞いてないですよ……?」

テスターの千城野チカが、社長に対して呆れたような視線を向けている。

「ご、ごめん! だ、ダメかな……?」

「……私だけ断るわけにもいかないでしょう。ですが、倶楽部の外に流出しないようにしてくださいよ」

「私も、別にいいんですけど……先に言っておいて欲しいです」

二人の職員から責められて、社長は小さくなった。

そんな社長に取って助け舟になったのは、意外なことに専属医のひなだった。

「とりあえず、早めに準備しないと時間が来ちゃうから、社長への追及はまた今度にしてあげてもらえますか?」

「ひなちゃん!」

「ああ、もちろん移動中は私からお話しますからね」

「……ひ、ひなちゃ~んっ」

ひながそういうなら、としずなとチカは大人しく従った。

社長は若干涙目になりつつ、まずは、と社長はルカが入っているスーツケースに触れる。

「じゃあ、さっそくルカちゃんから詰めていきましょう」

「オッケー! トラックの中に運び込むよー」

技技名がスーツケースを持ちあげ、箱詰倶楽部のトラックの中に運びこむ。

いよいよ、十人箱詰めという倶楽部初めての試みが始まろうとしていた。

中編

厳重に鍵がかけられたスーツケースが開かれると、その中にぎゅうぎゅうに詰められた女体が露わになった。

当の彼女に意識はないようで、小さな箱の中で体を限界以上に小さく縮めている。その体にはじわりと汗が滲んでいて、どこか官能的な印象を見る者に与えた。

「……ルカさん、完全に寝ているようですね」

しずなが効くと、技術班の技技名がどん、と胸を叩く。

「特製催眠ガスを注入したからね!」

「一応聞きますが、それ、大丈夫なんですよね?」

「もちろんさ! ちょっと数時間目を覚まさないだけで、後遺症もなにも残らないはずだよ!」

「箱詰め状態で睡眠ガスを嗅がせるということについてだったんですが……まあいいです」

しずなはそう言って追及を諦めた。技術力に関して技技名の腕を信用していないわけではなく、聞いたのも単なる確認の意味合いが強かったからだ。

繊細な技術を扱うとはとても思えないほど体格のいい技技名が、誰の手を借りるわけでもなく脱力したルカをスーツケースの中から抱えあげる。

目隠しをされているルカが起きているのか寝ているのかはわからなかったが、だらりとした手足の様子を見る限り、完全に意識を失っているようだった。

「よーし、社長。そこにある箱を展開して」

「はいはーい」

今回、使用する箱はすべて以前しずなが詰められたような、透明な箱の類似品を用意していた。

その箱は中に詰められた人の様子がはっきりと見える特注品で、光を集中して当てることでほとんど視認できないほど透明なものになる。その光の熱でつなぎ目まで喪失するため、完璧な箱詰めが外から視認出来るという素晴らしいものだった。

「今回のこの箱詰めにはあれからさらに改良を加えててね……こんなものを用意してみました!」

そういって技技名が取りだしたのは、透明なガスマスクのような代物だった。マスクから管まで、すべてが透明な素材で出来ている。

「それってもしかして……」

「そう! これもこの箱を作ったのと同じ素材で出来ていてね?これを用いることにより、さらに身一つで箱の中に閉じ込められている感がすると思うよ! ちなみに鼻呼吸タイプと開口具タイプがあるから」

「2タイプ用意したんですか? どうしてまたそんな手間を……」

「全部一緒じゃ、面白くないじゃない! 見た目的にも単調になるし!」

社長の至極当然というセリフに、しずなは少し額を抑えた。

「まあ……いいです。妥協しないというのは経営者としてとてもいいことじゃないでしょうか」

「あれ? しずなちゃん、なんかすごく呆れてない?」

技技名は透明なマスクのうち、鼻呼吸タイプのものをルカに装着させる。

「意識なしの状態が続くルカには鼻呼吸タイプのものだね! これをこうして……と」

「息苦しさで異変に気づきませんか?」

「ちゃんと呼吸さえできればたぶん大丈夫さ!」

技技名の楽観的ともいえる言葉に、しずなは再度額を手で押さえるのだった。

「ところで……マスクの方はまだわかりますが、それを接続するボンベはどうするんですか? いくら技技名でも、それまで透明なものを用意するのは無理では……?」

「まあ、さすがにボンベまでは透明にするのは無理だね。ただ酸素を供給するだけならまだしも、この箱詰めの場合、吐いた息をどこかに収納しなくちゃいけない。この前しずなにやってもらったときは、背中に置いたボンベを髪の毛で隠したけど……今回はもう一歩進めてみようかと思う。長時間詰めじゃないからこそ、できることだけどね」

そういって技技名が取りだしたのは、ディオルドやバイブレベルの小さな二本の機械だった。

「それは……?」

「ふっふっふ。これぞ我が箱詰倶楽部の技術の粋を結集してつくった呼吸制御装置さ!」

「……!?」

しずなやチカがその小さなサイズを見て驚きに目をむく。

「そんなまさか……! そこまで小さなサイズに圧縮しているというんですか? 数時間分の酸素を?」

「嘘……ですよね? だってそれくらいのサイズって……海に行ったときに、そういう酸素ボンベと一体になったマスクみたいなものを使ったことがありますけど……三分とかその程度しか保たなかったはずです」

チカがそう問いかけると、技技名は何を言っているんだと言いそうな顔で堂々と答えた。

「ははっ、倶楽部の技術力を舐めちゃいけないよ! 常に倶楽部の技術力は進歩しているのさ! この二本のボンベとマスクから伸びるチューブを連結することで、最大7時間の完全箱詰めが可能!」

さらりととんでもないことを可能にしているのも、この倶楽部の特徴だった。

「この倶楽部の技術力はもうちょっと違うところで活かしましょうよ……」

しずなはやれやれと言いたげな様子で、そう呟いた。もちろん、社長や技技名がそれに頷くわけもなく。

「何を言っているんだいしずな。この技術力は箱詰めをするためにこそ輝くんじゃないか」

「そうよしずなちゃん。箱詰めプレイ以上にこれを活かすことなんてできないわ」

「……はあ、もういいです。それで、かなりの小型化に成功したのはわかりますが……それをどうするんですか?」

技技名は二つのボンベの表面を特殊な液体を救った手で撫でながら応じた。

「どうするって……そりゃ、こうするのさ!」

二本のボンベに透明なチューブを接続し、ボンベそのものをルカの秘部と肛門に突き刺す。一瞬ルカがぴくりと反応したが、睡眠ガスの効果で起きはしなかった。

そのままボンベが奥まで入ってしまえば、二つの穴に不自然な歪みが見えるだけで外側からはまさかその中にボンベが入っているとはとても思えないだろう。

「さすがは技技名。完璧な形ね。オーダー通りだわ」

「……あとでルカさんに怒られても知りませんからね」

しずなはそう言って締めくくった。ちなみに、あとで自分たちもそれを入れることになるのだろうと察したしずなとチカは、それぞれ気まずそうにもじもじと内股になってしまうのだが。

「これでよし……と。あとは箱に詰めるだけだね!」

「ルカちゃんを積めるのはこの箱ね」

そういって社長は箱の中の一つを運んでくる。

「これは以前のもののように不自然な姿勢で拘束するタイプですか?」

「いやー。さすがにそれは無理だよー。寝ちゃってるし」

「ルカちゃんには一番基本的な体勢を取ってもらおうと思うの。つまり……ん、こうね」

体育座りの姿勢で限界近くまで小さくなったルカの左右から、透明のパーツが箱の形になるように組み合わさり、ルカは透明な箱の中で体育座りをしている状態になった。

「うん! 完璧だね!」

「さすがは技技名! 請求通りの完璧な施工だわ!」

まだパーツが完全に透明になっておらず、繋ぎも残っているとはいえ、かなり透明度は高く、ルカは空中に浮かんで体育座りをしているような体勢になっていた。少しだけつま先がお尻よりも下に行くようになっており、その姿勢も相成って空中に浮かんでいる感じはさらによく出ている。よく見るとルカのお尻は不自然に押しつけられているような形だが、前から見ればそれは目立たない程度のゆがみだ。さらに、自然とうつむく姿勢になっているため目隠しもうまい具合に隠れており、身一つでと浮かんでいるような感覚はさらに強くなっている。

これを参列並ぶうちの中央に設置すれば、確かに見栄えはよくなるだろう。

「……さすがは、こういうことに関しては本当によく頭が回りますね、社長は」

ため息交じりにしずながいうと、社長は「それ褒められてるのかしら」と不満げに返した。しかしすぐに表情を笑顔に変え、しずなとチカに言う。

「さあ、じゃあ次はしずなちゃんの番ね」

そういう社長の楽しげな様子に、再度ため息を吐きながら、しずなは観念したように頷く。

「わかりました。とりあえず脱げばいいんですよね?」

「ええ! あ、でも先にストレッチしておいた方がいいかも。全裸でストレッチは嫌でしょ?」

その言葉に、ブラウスを脱ぎかけていたしずなは手を止め、眉をひそめた。

「ストレッチ……ですか」

「うん!」

「……なるほど、わかりました」

また不自然な体勢で閉じ込められることになるのだろうな、としずなは諦めの境地で受け入れつつ、入念にストレッチを行う。

そしてそれがすんでから、改めてしずなは裸になった。前回の時もそうだったが、今回はチカも含めて人が多いため、いつもクールなしずなも居心地が悪そうに両手であそこや胸を隠す。

そんなしずなのことにはさほど頓着せず、社長と技技名は準備を進めていた。二人が用意したのは、やたらと細長い透明パーツだった。

「……? それ、どうやって詰められればいいんですか?」

「ふふふ……この前、しずなちゃんに体の柔らかさを確認させてもらったとき、すごかったじゃない? その驚きを共有したいなって思って!」

「まず下のパーツをこう置くでしょう?」

技技名は下のパーツという細長い長方形のパーツを地面に置く。

「まずは、この上に足を百八十度開いた状態で座って!」

「……本気ですか?」

「もちろん!」

しずなはものすごく断りたい気分になっていたが、ここまで来た以上、仕事である以上、言い出せなかった。仕方なく、言われるまま足を百八十度開きながら、そのパーツの上に座る。パーツはちょうどしずなの体の形に窪みがあって、しずなの体はちょうどそこに収まった。

「ん……ちょっと、技技名さん。これ、少し後ろ斜めになってませんか? 安定しないんですが……」

「ああ、それは元々だから大丈夫! 猫背になる感じで体を丸めて……そうそう! そんな感じ! ルカと同じで俯く姿勢になるから、言うほど恥ずかしくないでしょ?」

「……いや、普通に大股開きの時点で恥ずかしいですよ」

冷静に返すしずなだったが、もちろん技技名たちがそれを聞いてどうにかするわけもなく。

「じゃあ、次は両手だね。こう、足に添うように横に伸ばしてみてくれる?」

しずなが大人しくそれに従うと、技技名は足首の先を覆うパーツを持ってきて、足首に重ねたしずなの手を一緒に封入してしまう。そうなると、しずなは両手首と両足首を枷によって拘束されたようなもので、そこから動かせなくなった。しずなは一本の棒のように、両手両足を伸ばして、体を器用に折りたたんだ状態で動けなくなった。少し斜めに傾くようになっているため、アソコがもろに衆目に晒されている姿勢だ。いくら顔は俯く状態になるとはいえ、恥ずかしい体勢には違いない。

「次はマスクをつけるねー。あ。しずなは完全に俯く姿勢になるから、顎の下あたりに空間ができるでしょ? そこにこの首輪型ボンベをつけてもらうよ!」

「……本当に色々器用ですね、あなたは」

技技名の用意した首輪型ボンベをつけてもらい、マスクも装着する。

「よし、じゃあ閉じるよー」

真上から蓋のようにパーツが被せられ、しずなもまた完全に箱の中に閉じ込められた。

「横に長くないですか?」

そうチカが尋ねる。しずなの入っている箱は、確かに横に長く、普通に積もうとすると横幅が大きすぎるように見えた。

「ふふふー。その理由はねぇ……こういうことさ!」

技技名はまずしずなの入った箱を箱を積む場所の一番下に置く。そのちょうど真ん中にルカの入った箱を積み上げた。

「あ……っ、なるほど……」

チカが感心したように頷く。横に長いしずなの箱と、ルカの入った箱の横幅には、ちょうど三倍くらいの差があった。つまり、真ん中に置かれたルカの左右には、まだしずなの箱の上におくことのできる空間が二人分空いていることになる。

「こうやって、四段に積むんですね」

チカがそう確認すると、社長が頷いた。

「そうなのよ! いやー。依頼書では10人ってあったけど、よく考えたら三列に積んでも四列に積んでも綺麗に詰めないじゃない? かといって五列で積んだら低すぎるし、二列じゃ高すぎるし……そこで、この詰み方よ! しずなちゃんの軟体の特徴も活かせて最高の形でしょ?」

「最高の形……かはわからないですけど……もしかして、私にもそういう特殊な形を用意してたりします?」

倶楽部最少の体サイズを誇るチカにも、そういう形があってもおかしくない。嫌な予感を覚えたチカだが、意外にも社長は首を横に振った。

「チカちゃんの方はそういう特殊な形状にするわけにはいかなかったのよねぇ。透明なボールに入れて持ち運び……とかも考えたけど。今回の積み上げる趣旨には添わないし」

その言葉に、少し安心するチカ。だが、技技名がいい笑顔を浮かべていることに気づき、そんなに甘い話じゃないらしいことを悟る。

「チカにはちょっとみんなとは変わった詰められ方をしてみて欲しいんだ!」

「……は、はぁ……変わった詰み方……ですか?」

「そう! まあ、とりあえず詰めながら説明するから、服を脱いで!」

促されて、チカは大人しく服を脱ぎ始めた。

後編

服を脱いだチカは、まず技技名に開口具にしか見えないものを手渡された。

「まずはこれを口に咥えて!」

「……はい」

もう観念しているチカは、素直に大きく口を開け、その開口具を小さな口に咥え込む。後頭部でベルトを締めるのは技技名が行った。しっかりとベルトが閉められ、開口具が動かないように固定される。

「チカにはずっと口で呼吸してもらうことになるから、鼻は塞いじゃうね! 特殊な樹脂を使うけど、あとでちゃんと溶解できるから!」

「ん……っ、あい……」

もうすでに言葉を話すことはできないチカを少しだけ上向かせ、技技名がまるでボンドか何かのような容器のものを、チカの鼻に浅く差し入れる。そしてボトル部分を押しつぶすと、そこからどろりとした粘着性のものがチカの鼻腔を器用に埋めた。そしてその状態で固まって、もはやチカにはどんなに鼻で呼吸しようと思っても、まるで誰かの指で鼻の穴を塞がれているかのように、まったく鼻が通らなくなった。口で呼吸をすると、その開口具に空いた穴から、自然と呼吸は出来た。

「それから、ルカに挿入したのと同じものを……と」

超小型ボンベを取り出してきた技技名に対し、慌ててチカは首を横に振った。

「んぁっ、ふぁふんふぇ!」

自分で入れる、とチカは言おうとしたが、技技名は聞く耳持たず、その両手を器用に抑え、二つの穴にボンベを差し込んだ。

「むぐぅっ」

思わずうなったチカだが、その開口具から空気が漏れるのみで、満足な抗議の言葉も形にならない。飛び出しているボンベの先端に透明なチューブを繋ぎ、開口具と接続する。その状態で呼吸に問題がないことを確認された。

さらに、技技名は、透明な箱を用意した。

「さて……ここからが本題だよ」

すでにここまでの段階で呼吸制御は完成している。透明の箱詰めになることは理解していたチカだったが、そこに用意された物を見て、不思議に思った。

なぜなら技技名が持ってきたそれは、箱は箱でも、タダの透明な四角形の箱だったからだ。六面の内、一面が蓋のようになっていて外されているような状態。ルカやしずなが詰められた箱はそれぞれの体格に合わせていたものだったが、チカに対するそれは体格に合っているとは言い難い、むしろ大きすぎるくらいのものだった。

「……?」

そこに詰められているのを見たところで、箱詰め愛好家は特に新鮮な驚きは感じないに違いない。色々革新的過ぎることを率先して行うような倶楽部にしては、妙だった。

むろん、チカが感じた通り、ただ四角い箱の中に入れられておわり……というわけではなかった。

技技名と社長は何か苦労を共通しているのか、互いに目を合わせて深く頷いている。

「いやー、正直、チカをどう詰めるかは悩んだよね!」

「ええ。チカちゃんの体格に合わせて箱を作っちゃうと、他の人との差が大きくなりすぎるのよね。そうなると積み上げた時の見栄えが悪くなるし」

「箱自体の大きさや厚みはもちろん調整できるけど、かといって、安直にパーツを厚くするだけでいいのかなって……そこで思いついたのがこの方法だよ!」

「色々な詰め方のテストも出来て一石二鳥よね」

そういう意味でも、テスターであるチカに相応しい詰め方と言えるのかもしれない。

果たして、技技名が四角いだけの箱に加えて持ってきたのは……「透明原液」とデカデカと書かれたドラム缶だった。チカはそれを見て、これから自分がどういう詰め方をされるのか想像がついた。

「この中には、例の透明パーツを固める前の原液が入ってるんだ! これをなみなみとこの箱の中に注いで……っと!」

透明な箱の中に、なみなみと注がれた透明原液。それはチカが想像していたより、はるかに水っぽく、さらさらとしていた。

「よーし、チカ! この中に入って! あ、ちなみにこれ、別の薬品を入れたら固まるけど、ほんの一瞬で固まるから、安心して! 固まるときに熱は発するけど、火傷しない程度の熱だから!」

相変わらずのオーバーテクノロジーっぷりを発揮する技術班であった。

チカは耳栓を取り付けられ、絶対に瞼を開けないことを念押しされてから、箱の中に入った。頭のてっぺんまでが薬品の中に沈む。本当に大丈夫なのか心配ではあったが、元々危険なのは承知で倶楽部に雇われの身になったため、チカに拒否権はなかった。

技技名が箱の蓋を閉め、チカの体は完全に透明な箱の中の透明な液体の中に揺らいでいる。

そこに、技技名が非常に強い光をゆっくりと当てた。いきなり強力な光を浴びせられたわけではなく、技技名は非常にゆっくりと光の量を上げていったため、チカは思わず体をすくませるということもなく、じっくりと全身に強い熱を感じることとなった。

(あ……あぁっ、熱い……!)

物が固まるときには、凍らせる時でもない限り、熱を発するものだ。技技名の言った通りかなり調整された熱ではあったが、それでも熱いものは熱い。

思わず悶えかけたチカであったが、その時には全身浸かった薬品がすっかり固まって、指先一つ動かせない状態になっていた。

(本当に指も動かせない……!)

側から見ると、水中に沈んだチカがそのまま凍らされたかのような、そんな幻想的な様子になっていた。まるで氷漬けになっているかのようだ。

その様子を満足げに眺めていた社長と技技名だったが、ふと顔を見合わせてほとんど同時に呟いた。

「「これ、箱詰めじゃなくて固めじゃない?」」

それを横で見守っていた専属医の雷麗寺ひなは、盛大にため息を吐いた。

「なんでやるまで気づかないんですか?」

呆れ返った様子のひなの言葉に、ふたりは盛大に慌てる。

「いや、これはその、たまにはこういう趣向もいいかなって思っただけで!」

「そうそう! チカは中心の一番真ん中になるし、いわゆる一種のアクセントとして……!」

「言い訳はいいです」

スパッとひなはふたりの言葉を遮った。

「そんなことより、速く次の行動に映らないといけないのでは? 時間は限られていますよ」

そう促されて、社長と技技名のふたりは慌てて次の行動に移った。

まず、チカを詰めた箱を、ルカの箱の上に積む。そして、改めて特殊な光を三人に当て、詰みあがった箱を固定化した。

「よーし、それじゃあ早速お客さんを迎えに行きましょー!」

元気な社長の号令に従って、箱詰倶楽部の車が動き出した。

十人同時箱詰めという、箱詰倶楽部にとっても新境地への挑戦だ。

高田こころは、そのトラックの到着を楽しみに待っていた。

箱詰倶楽部のことを知って早半年。いままでは妄想の中でしかなかった行為をいくつもしてきたこころだったが、今回のプレイは彼女が自らプレイ計画を練って提案したものだ。

出来る限り仲間を集め、倶楽部にも協力してもらってようやく実現にこぎ着けた。こころは期待に満ちた目で、マンションの外で待っていた。

そこに、見慣れたロゴを荷台の壁面に掲げたトラックがマンション傍の曲がり角に見えた。

思わず破顔したこころは、そのトラックに向かって手を振る。

こころの住むマンションの目の前で止まったトラックから、スーツを着こなした若い女性と女性にしてはタッパのある逞しい女性が降りてくる。

「お久しぶりですね。高田様」

スーツをパリッと着こなした若い女性が柔らかな笑みを浮かべながらこころに挨拶をする。

箱詰倶楽部の社長であるその女性に対し、こころは少し緊張しながらも同じように笑顔を返した。

「今日は無茶な要望を叶えてくださってありがとうございます」

「いえいえ、毎度当倶楽部をご利用してくださって、こちらこそ感謝してお――」

「早くしないと時間なくなるよ!」

タッパのある女性……倶楽部の技術班主任の技技名がそう二人に声をかける。こころと社長は顔を見合わせて、笑いあった。

「そうですね。じゃあ、さっそくですけど、お願いします」

「はい。お任せください。……と、その前に、先にご覧になりますか?」

そういって社長がトラックの荷台を指し示す。こころは少し悩んだあと、頷いた。

三人は一端トラックの荷台の扉側に回る。少しだけ扉を開け、その隙間に滑り込んだ。

中は暗い上にカーテンのようなものが遮蔽となっていて、荷台にあるものの様子はほとんど見えなかった。

今回、十人を同時に箱詰めにし、さらにそれを積み上げるという計画だった。そして、こころは発案者であることも含め、一番最後に箱詰めされることになっていた。

つまり、すでにこのトラックの中には、九人の箱詰めが完了している状態があるわけだ。

「ひとりひとり回収して箱詰めするって……よくよく考えたらすごく大変でしたよね……すみません」

「いえいえ。おかげさまで皆様の少しずつ違う反応を楽しめておりますし」

社長はそういって朗らかに笑ったが、当然それで済む話のわけなはずがない。色んな意味で豪気な倶楽部と社長の対応に、こころは感謝しかなかった。

そんなこころの背後で、扉が閉められる。外からの視線を完全に遮断した。

「電気つけるよー」

技技名がそう声をかけると同時。トラックの中の電球が灯る。

ほぼ同時に社長がカーテンを横に引き、その圧巻の光景がこころの前に映し出された。

「…………!」

あまりの感動と衝撃に、こころは声をあげることもできず、ただその光景に見惚れる。

そこには、それぞれ年齢も違う九人の女性が、生まれたままの姿で、不可思議な箱の中に詰められて、そこに積み上げられていた。最後の一ピースが欠けてはいるものの、その光景は実に見事で、美しい仕上がりだった。

形はちょうど凹の形だ。それぞれ、凹を構成する四角い箱の中に、1人1人が詰められている。

彼女たちは目を瞑っているもの、目を開けているもの、色々だったが、共通しているのは小さく体を折りたたむようにしているということ。一番下の箱に詰められた女性だけでは、足を百八十度開いた恥ずかしすぎるポーズで詰められていたが、狭い空間に無理やり体を押し込んでいる点は変わらない。

他の八人は、体育座りを限界まで小さくしたような状態で、空中に浮いているように見える格好でそれぞれ箱の中に詰められていた。

どんな材質を使っているのかわからないが、完全に透明な箱に入れられている彼女たちは、ライトアップされることで空中に浮いているとしか思えない状態になっていた。

目を閉じている子も、目を開けている子も、いずれにも共通しているのは、まるで安心しきった胎児のような穏やかな表情で、じっとしているということだった。箱詰めに取りつかれた者しかいないわけだから、それは当然でもあったが。

こころが提案した光景そのまま、いや、それ以上の光景がトラックの中で展開されていた。

半ば放心状態でそれを見ていたこころに対し、箱詰倶楽部の社長が得意げに胸を逸らす。

「ふふふ……素敵なものでしょう? 想像を現実に。理想を実際に。それが箱詰倶楽部のモットーですから」

「さすがにここまで完璧にするには苦労したけどねー。あっはっは!」

技術的な問題をクリアしてみせた技技名が豪快に笑う。

こころは、早くこの夢のような光景の一部になりたいという想いでいっぱいだった。

「ありがとうございます! 社長さん! ……それで、その……」

「はい。さっそく始めましょう!」

そう社長がいって、いよいよこころがこの箱詰めの山の一部になる準備が始まった。

箱詰倶楽部本社の地下駐車場に、トラックが再び帰ってきた。

荷下ろしのために、搬入出口の前に荷台の扉を向けて止まったトラックから、社長と技技名、ひなが降りる。運転手と作業員は無駄口一つ叩かずに作業に取り掛かった。

大きくトラックの扉が開かれ、中で積み上げられた九つの箱が見える。しかし、透明だった十個の箱はまるで材質自体が変わってしまったかのように、真っ黒な色に変わっていた。中に何が入っているかもわからない。

黒い箱が十個詰みあがっていることだけがわかる。

「光を当てるだけでこんな色に変えられるなんて……これ、内側からはどう見えてるんですか?」

ひなが不思議そうに問いかける。技技名は悔しそうに応えた。

「本当はマジックミラーみたいに、外からは見えなくても中からは外が見えるようにしたかったんだけどねー。さすがにその機能を付けることはできなかったよー。いまは普通の箱詰めと同じ感じで、光も感じない暗闇になってるはずー」

「……当てる光によって色が変わるだけでも大概だと思いますけどね」

ひなはそう指摘するだけにとどめ、聴診器のようなものを取りだして十個の箱一つずつに当てていく。しばらくそうしていたひなだったが、納得したように頷いて聴診器を箱から離した。

「うん。呼吸音も心拍音も正常ですね。特にトラブルは発生してないみたいですよ」

社長はそのひなの言葉に対して満足そうに頷く。

「安全面にはきちんと気を付けているから当然だけど、ひなちゃんがそう言うなら間違いないね!」

一方、技技名は若干苦笑いを浮かべていた。

「……たまに思うんだけど、呼吸音はともかく、なんで箱越しに心拍音が聞こえるのかな?」

「さすがに多重箱詰めの時は無理ですよ?」

朗らかにひなは答えた。しかし、壁が一つだけとはいえ、箱詰めされた状態の人間の心拍音を聞きとることができるなど、人間技ではない。

技技名と持っている技術はまったく違うが、ひなもまた倶楽部にいるにはありえないレベルの技術力の持ち主だった。

「まあ、とにかく倶楽部専属医の確信があるなら、このまま最後のディスプレイに進めちゃおうか!」

そういって、作業員も総動員して、箱をトラックから運び出す。人間一人が入っている重さのため、台車に乗せて運ぶのが主な方法だった。ただし、しずなが入っている細長い箱だけは作業員が数人がかりで運び入れた。

「さて……それじゃあ、積み上げていきましょう!」

楽しげな社長の声に従って、技技名も手伝いつつ、箱詰め倶楽部のエントランスに箱を積み上げていく。

そこに、会員と共に『オーソドックス箱詰め』コース担当の間木和カナコがエントランスに降りてきた。

「ありゃ? 社長に、技技名に、ひなさん。もう戻って来てたんですか?」

「ああ、カナコちゃん。そうなのよー。まあ、時間制限あるからねー。トラックでの移動とはいえ、負担がかかるのは事実だし、そんな長い時間詰めたままでいるわけにもいかないからねぇ……」

社長は残念そうにつぶやく。

そんな彼女に向け、カナコのコースを受けていた会員が挨拶をする。

「こ、こんにちは。社長さん」

最近箱詰倶楽部に入会した大見零羽だ。大学生の彼女は少ない資金をやりくりして、なんとか箱詰めプレイを楽しんでいる。

「零羽ちゃんもいらっしゃーい。今日も堪能した?」

そう社長に問いかけられると、零羽は少し顔を赤くしつつも頷いた。

「は、はい……」

「そう。それはよかった」

そう笑みを浮かべる社長は、自分と同じ趣味をもつ仲間が増えることをとても喜んでいる。彼女にとって、仲間が増えることはとても嬉しいことだ。社長は隙あらばさらに零羽を箱詰めプレイの深淵に引きずり込もうと考えていた。しかし、まだ倶楽部に入会して日が浅い。いまはじっくりと箱詰めの魅力に嵌ってもらう時期だと社長は考えていた。

「ちょうどよかったわ。ちょうど搬入が終わったところだったし……ぜひ、ふたりも見ていってね!」

社長がそういって、技技名に視線を送る。技技名はそれに応えて設備の操作に動いた。

黒い箱が積み上げられているようにしか見えないその様子に、零羽は不思議そうな顔でそれを見ていた。箱詰倶楽部の会員であるだけあって、その中に人が入っていることまではわかっているようだが、さすがにその箱がオーバーテクノロジーの塊で出来ていることまでは想像できていないようだった。

「いっくよー!」

技技名がそう元気よく声をあげ、積み上げられた黒い箱の四方に配されたライトを点灯させる。

ほんの数秒でその効果は表れた。

「……!」

零羽が息を呑む。詰みあがっていた箱の中に、詰め込まれた裸の女性たちが浮かび上がっていた。小さく体を丸めているその姿。空中に浮いている彼女たちの中には、目を開けている者もいて、零羽と目線が合う。零羽はますます顔を赤くして、カナコの背後に隠れてしまった。

一方のカナコは興味深そうにその箱詰めプレイを眺めていた。

「うひゃあ! これはすごいねぇ。一番上に積まれている人とか、ちょっと怖いんじゃないですか?」

「かもね! もっとも、いくら怖かろうと微動だにできないから大丈夫だけどね! 強度的にも、中の子たちが暴れた程度じゃびくともしないし!」

技術班の技技名が太鼓判を押す。

興味津々になっているカナコの背後に隠れた零羽は、それでも興味はあるのか、恐る恐る様子を伺っていた。

「ふふふ。零羽ちゃん、どうかしら?」

「ど、どうって……」

「この人たちは皆、透明な箱に閉じ込められているの。ほとんど見えないけど、口枷とかも全部見えないようにしてるから、まるで空中に浮いているみたいでしょう?」

「……い、色々見えちゃって、ますよ、ね。こ、これも箱詰め……なんですか?」

顔を真っ赤にしながら、足をもじもじさせていう零羽。その反応に社長とカナコは思わずアイコンタクトを交わした。

カナコはことさら明るい声で、零羽の言葉を肯定する。

「ええ。変則的ではあるけど、これも立派な箱詰めね」

「いわば、見られる箱詰め……ってところかしら。いまは倶楽部会員しか入れないエントランスに飾っているけど、これを駅前の広場とかに飾ったら……道行く人にすごく見られちゃうわね」

「…………!」

零羽が体を震わせるのを、社長もカナコも見逃さなかった。しかし、ここでそれには触れない。

「技技名。せっかくだから零羽ちゃんにこの透明な箱の技術について教えてあげて」

社長は技技名にそう命じて、零羽の意識を逸らしつつ、次の倶楽部として提案するプレイが決まったという晴れ晴れとした顔をしていた。

社長と付き合いの長いひななどは、そんな社長の様子を見て、やれやれとため息を吐くのだった。

こうして、箱詰倶楽部の最大数の箱詰めプレイは無事成功を収めた。

その後パンフレットや告知ホームページに十人箱詰めプレイの画像が使用された結果、似たような大型箱詰めプレイの希望者が増え、倶楽部では定期的に大規模箱詰めイベントが行われるようになったのだった。

自動詰め

その日、箱詰倶楽部にやってきたのは、一部の隙もない、キャリアウーマンだった。

堂々とした態度とは裏腹に、サングラスで顔を隠しており、お忍びでやってきた芸能人かというような様子だ。

箱詰倶楽部の受け付け嬢を務める真藤馬しずなは、そんなキャリアウーマンに対し、静かに会員証の提示を求めるだけで、余計なことはなにも言わなかった。

会員証を確認し、それを返却すると、しずなは一本の鍵を取り出した。それをキャリアウーマンに手渡すと、エレベーターで最下層に向かうように促す。勝手知ったると態度で示すそのキャリアウーマンは、エレベーターに乗り込んで地下へと消えて行った。

ロビーにはしずなしかいなくなり、彼女は何事もなかったかのように仕事に戻るのだった。

箱詰倶楽部の最下層はとても静かなフロアだ。

地下なのだから当然だが、窓ひとつなく、外界からは完全に遮断されている。監視カメラは設置されているが、これは防犯上当然だろう。

キャリアウーマンはエレベーターからほど近い部屋に近づくと、渡された鍵を使ってロックを解除し、部屋の中に滑り込む。そのドアには、「自動箱詰め部屋」というプレートが掲げられていた。

部屋は一般的なビジネスホテルの部屋と広さはほとんど変わらない。しかし、ベッドが置かれていない分、広く見えた。

扉の鍵を内側からかけると、ようやく張っていた気を緩めて、そのキャリアウーマンはサングラスを外した。

(ふーっ……やっと来れたわ)

彼女は箱詰倶楽部の常連である。しかし、最近は仕事に忙殺され、週に一度ここに来ることも出来ずにいた。その間、ずっと彼女は悶々としたものを抱えていたのだ。

そうして、今日、ようやくここに来れたというわけだ。

(……さて……時間が勿体ないわ。早く始めましょう)

彼女は普段上司や部下に向けているのとは全く違う、官能を期待する女の柔らかな笑みを浮かべて、準備を始めた。

彼女は箱詰めされたいという趣味があったが、そのために人に裸を晒し、箱に詰めてもらうという行為がどうしても受け入れられなかった。彼女自身、くだらないプライドと頭では理解していても、生理的嫌悪感はどうしようもない。

箱詰倶楽部を見つけた当初は、有志がサイトに自分の箱詰め体験記を提供している、箱詰倶楽部の日々の活動報告を見て日々悶々とする日々を送っていた。それとなくメッセージを使って、箱詰めされたいが人に見られたくはない、ということを伝えもした。

箱詰倶楽部は、そんな彼女一個人の期待にも応えてくれた。

自動箱詰めサービスというものが開始された時、彼女は一も二もなく飛びついて、詳細を尋ねたものだ。そしてそのサービスの内容は実に彼女にとって最高なものだった。

それ以来、彼女はすっかりこの箱詰倶楽部の常連となり、自動箱詰めを楽しんでいる。

まず、部屋の片隅に用意されたクローゼットを開き、その中に身に着けていた服やアクセサリーをすべて納めていく。

室内とはいえ、部屋の中で全裸になるのはまだ少し慣れないけど、服を着たままより裸になった方がよっぽど気持ちいいことはすでに知っている。最初の頃は色々考えて服を着たままだったり、水着を用意したりとしたものだけど、いまや全裸で入るのが定番だ。こんなこと、店に対する信頼感がなければできない。そういう意味では、この店はそういう信頼感を築くための努力を事欠かない。

まあ、難しいことはさておき。

全裸になった私は、さっそく箱の中に入りたい衝動を抑えて、体を綺麗にするために、シャワールームへと向かった。どうせ汗まみれになるけど、先に汗を流しておいた方が気持ちいい。

私はざっと体を洗い、大きなバスタオルで体を拭きながら部屋に戻る。習慣でバスタオルを体に巻きつけながら、いつも使っているその特別な道具を確認する。

全自動箱詰め機。

そう呼ばれている機械は、見た目上は完全にリクライニングチェアーだった。全身マッサージをしてくれる椅子のように、かなりゴツイ見た目で、手や足の先までぴったり覆う形式になっている。これに座れば、それだけで箱詰めをしてくれる。一体どんな構造にすればそういうことができるのかはわからないけど、楽しむのにそこまで詳しい知識は必要としない。

(そういえば……いつかは個人が所有できるように、個人での販売も考えているって言ってたわね)

さすがに価格やメンテナンスのことを考えるとまだとてもそんなことができるような状態にないらしいけど。もしも販売が始まったら無理をして買ってもいいかもしれない。

私はそんなことを考えつつ、バスタオルを取ってその椅子に深く座る。手元のボタンを押せば箱詰めが始まるようになっている。

緊張と期待で、心臓がドクンドクンと鳴っている。私は呼吸を整えてから、ボタンをかちりと押し込んだ。

ピピッ、という電子音がしたかと思うと、電子音声が流れた。

『自動箱詰めを開始します。対象者はリラックスし、体の力を抜いてください』

言われるまま、私は深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。 

『対象者の体勢が規定位置にあることを確認しました。動かないでください』

ガチャン、という音がして、私の腰に金属製のベルトみたいなものが巻きついた。ちゃんと肌に当たる部分には当て布のようなものがあるのか、擦れても痛くはない。ベルトは程よく締まって、私の腰を固定する。

そして、本格的な箱詰めが始まった。

箱詰倶楽部というところの技術力は、はっきり言ってどうなっているのかわからないレベルのものが多い。私は色んな体験記を読んで来たけど、この前の多人数透明箱詰めプレイに使われていた透明な箱も異常な技術力だった。他言無用の原則があるため、余所で話に出したことはないけど、出すところに出したら特需で一生をかけても使いきれないほどの利益を生みそうではある。それをただ箱詰めにすることにだけ使うというのだから、この倶楽部はつくづく異常だった。

さておき、その透明の箱ほどではなくても、技術力に関していうならこの自動箱詰め機械も相当なものだった。

そもそも人を自動的に箱に詰めるということ自体が、どれくらいの技術力が必要なのか図りづらいことではないけど、単純にこの箱は技術力がすごいと思う。

まず、手足を押さえていた部分の、程よく手足を包んでいた部分が、その柔らかさはそのままに、手足全体をぐるりと覆う。握っていた拳の部分も、指が湧かれていないぴっちりした袋のようなものが覆った。これは指先などを箱の開閉に巻き込まれてしまわないようにするための処置らしい。

手足の保護が終わると、がちゃん、と椅子全体が動いた。手足を拘束している部分が私の体を操り人形のように大げさに動かして、体育座りのような形を作らせる。顔の部分の背もたれがヘルメットのように頭全体を覆って、無理のない範囲で下を向かせてくる。

ピピッ、と電子音が鳴って、目の前に展開されたヘルメットの内側のような部分に、映像が表示された。背もたれの内側に収納されていたはずの部分から、すごく画質のいい画面が展開される……これこそ、私が技術力に舌を巻いた部分だ。

画面が展開されたのは、一人箱詰という関係上、単調になりがちなそのプレイに彩りをつけるためだとわかってはいたけど、それだけならあとで記録していた映像でも見せてくれればいい。これはつまり、リアルタイムで楽しめるようにという配慮だった。それだけのためにこんなものを作ってしまうのだから、本当に箱詰倶楽部の技術班というものは、褒め言葉の意味で変態の極みだった。

私はその映像が、先ほどまで私がいた部屋の映像であるということを知っている。さっきまで私が座っていた椅子があったはずの場所には、いまはやけに大きな機械があった。この中に私が入っている。いま、こうして体を丸めて、小さくしている私が。

けれども、これだけなら単に機械によって閉じ込められているだけのことだ。箱詰めプレイと言う範疇には入るけど、それは私の求めるプレイとは少し違う。

そんな私の期待に応えるように、箱はさらに変形を続けていた。

そして、それに伴い、中にいる私の体にもさらに変化が加えられるのだった。

映像の中で、ただの大きな四角い箱だったものが、ほとんど動きがないのにもかかわらず、徐々にその体積を減らしていた。よく見ると部品が細かく組み変わっていることが見てとれるけど、それにしたって異常なことだ。元の椅子の状態の時の体積から考えると、圧縮できる材質のものを使っていたのだろう。布団を圧縮袋で何分の一の厚みにしてしまうように、そういう柔軟さを持つ素材が使われていたのだ。椅子として座り心地がいいように、背もたれやお尻をつける部分は柔らかな素材で出来ていたから、その理屈もわからなくはない。

わからなくはない、というだけで、どんな理屈なのかは正直まったくわからないけど。

しかし、圧縮される布団がそうであるように、柔らかなものの体積を減らそうと圧縮すれば、硬い素材になる。私は全身に感じていた柔らかな感触が、まるで金属のような堅さになるのを感じていた。最初から金属製の箱に閉じ込められていたような感覚に、酔いしれる。

さらに箱は縮小を続けている。私は自然と全身が小さくまとまるように圧されて、気づけばかすかに身じろぎするのも厳しいレベルでぎゅうぎゅうに押し込められていた。

(ああ……この感覚! この感覚なのよ……!)

一人では決して味わうことができないと諦めていた、ギリギリの箱詰めプレイ。私は息苦しいほどに窮屈に詰め込まれている感触に、心臓が破裂しそうなほど大きく鳴り響いているのを、それこそ全身で感じていた。

映像の中には、ちょっと大型のスーツケースがあった。私を包んでいる箱は、外から見るとそんな形に変わっていた。知らない者が見れば、間違いなくスーツケースとしか思わないだろう。

そのスーツケースはキャスターを下にした状態で、部屋の中央に鎮座していた。

それが、突如として動き出す。中にいる私にも、それは振動という動きではわかった。スーツケースはまるでラジコンか何かが動くように、滑らかに動き、クローゼットの前に移動する。クローゼットの扉が自動的に開いた。

そして、スーツケースはクローゼットの中に自分からコロコロと入っていって……再び扉がしまった。これが箱詰倶楽部の自動箱詰めプレイ。クローゼットの中にしまわれるところまで全自動で行うという、「どうしてそこまでベストを尽くしたのか」と言わざるを得ないレベルのものだった。

はっきり言って、最後の部分は人力でもいいはずだ。スーツケースの中に入ってしまった時点で、中に誰が入っているかなんてことはわからない。従業員が部屋に入って、クローゼットの中まで移動させれば、最後の自動的に動く機構は必要ない。あくまでも自動箱詰めプレイに拘った執着の勝利と言える。

部屋の中には誰も入って来ない。他者の介在する要素を一切排除した完璧な自動箱詰めプレイ。

私がその悦びに体を震わせるのと、映像が切れて視界が真っ暗になるのは同時だった。

一瞬どきりとするが、これはいつものこと。箱詰めは本来真っ暗だ。いくら自分の状況を知るためとはいえ、いつまでも目の前に映像があっては興ざめというもの。すでに十分なほど、自分の状況は把握できていた。

(ああ……いま、私は……箱の中にいて……その箱はクローゼットの中にしまわれてるのね)

自分がモノになったかのような感覚。それは普段の私からすれば信じられないことであり、はっきりいって屈辱的なことしかないはずだった。けど、『そういうこと』が私にとってはとても気持ちのいい行為になってしまっている。

まだそういうことは考えていないけど、将来的には私も誰かと結婚して家庭を育むことになると思う。しかし、この特殊な性癖を理解してくれる人がそうそう現れるとは思えなかった。いつもとのギャップが激しすぎるのも心配の種だ。そんな人だとは思わなかった、と言われるときのことを思うと正直怖いし、気がめいる。

私は思わず変な方向に行きそうになった思考を払い、せっかく楽しみに来ているのだから、と現在のプレイに意識を集中することにした。ぎゅうぎゅうに押し込まれた箱の中は酸素が少なく、深い呼吸を繰り返しているとすぐに酸欠状態になって頭がぼーっとし始める。この箱はきちんと必要な分だけ酸素を供給してくれているらしく、死ぬことは決してないけど、必要以上に呼吸をすればすぐに酸素が足りなくなるということでもあった。

意識が混濁し始めると、さらに気持ちよくなってくる。さっきまで考えていたわずらわしいことなんてほとんど気にならなくなり、ただ箱に詰められている快感に浸る。何の刺激も与えられなかったけど、十分なほどに気持ちがいい。そもそも、私はこのプレイに激しさを求めていない。

ただ、箱に詰められて、何もできない状態で、呼吸するのさえ不自由で。

そんな完全に箱に閉じ込められて外界と遮断された状態。それこそ、私の求めている快感だった。

やがて意識があるのかないのかもわからなくなって、私は微睡の中に沈む。

今回のプレイ時間が終了して、私は再びエレベーターを使ってロビーに上がった。

そこでは来た時と全く変わらない様子で、受付嬢がにこやかに出迎えてくれた。この受付嬢は余計なことを何も言わず、ただ淡々と仕事をこなしてくれるので、内心非常に気に入っていた。会社の使えない新人とチェンジしてもらいたいくらいだ。

部屋の鍵を返却し、退室記録に名前を書く。それだけで普段なら終わりだった。しかしその日は、少しだけ違った。

「お客様、こちらをどうぞ」

ペンを置いた私の手元に、受付嬢が一通の封筒を差し出してくる。表面には「倶楽部からのお知らせ」と書いてある。あとは自分で読めということだろう。ここで長々と説明したりしない気遣いにいつも私は救われている。

「ありがとう」

私は短くそう答えて、その封筒をバッグの中に入れた。

そして倶楽部の建物から出て、すぐに家に戻る。

部屋に入ってからようやくその封筒の中身を確認してみた。それはどうやら新しい箱詰めプレイの案内で、私が食いつきそうなプランの話もいくつかあった。

「……まったく、どこまで至れり尽くせりなんだか」

私はそう独り言を言いながら、そのプランの実行日をどうスケジュール調整するか考えていた。

 箱詰倶楽部は当分やめられそうにない。

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